見出し画像

オオムギ と ビール

「黄金色のしゅわしゅわした飲み物」が美味しい季節になってきました。
ビールは世界でも最も古くからあるお酒の一つであり、今では世界中で愛飲されていますが、その起源ははっきりとは分かっていません。
原料となるムギの起源がチグリス・ユーフラテス川流域と言われているように、現在のクルディスタンと呼ばれるトルコ・イラン・イラクにまたがる地域が発祥の地と考えられています。
ビールの発祥は、ムギの栽培が始まるよりもずっと前、恐らく紀元前一万年前まで遡ると言われており、メソポタミアの古代シュメール人たちは既にビールに親しんでいたようです。楔形文字による碑文だけでなく、「ギルガメシュ叙事詩」(紀元前1800年頃)やハンムラビ法典(紀元前1700年代)にもビールに関する記述が残されています。

コムギは人々の生活を支える食糧としての役割が大きいのですが、オオムギは水の代用とされていたスモールビールと呼ばれるアルコールの弱いビールを造るため、広く栽培されていたようです。
オオムギにはデンプンを糖に変える酵素が他の穀物に比べて多く含まれているので、ほかの穀物を原料にする場合でも、一般的にオオムギの麦芽モルトがある程度加えられています。二番麦芽モルトが使われることも多かったこの飲料は、当時、水よりも清潔な飲みものでした。アルコールの効果もあったでしょうが、ビールを造るためには煮沸した水を使うので、病原菌に汚染されている可能性の高い水やミルクよりすっと安全なものだったのです。

エジプトでは濃厚で栄養豊富、甘いビールも多く、ピラミッドを建設した職人への報酬としても使われていたそうです。当時のビールは病気を治すと思われていたので、重労働で健康を害するとビールがあてがわれ、ビールの力でも治せないほどの病には、死出の旅路にビールが添えられたとか…

ローマの時代になると、状況は変わってきます。人々はワインを神々の贈り物と考え、ビールを卑しいものとみなしていくのです。当時広まり始めたキリスト教会も儀式に欠かせないワインを尊びます。
国土がブドウの栽培に適していたという理由でローマ人はワイン愛好家になり、ブドウが育たないヨーロッパ地域ではビール造りが広まっていきました。実際、ブドウ栽培に適さない寒冷な気候の国々では、たいていオオムギやコムギがよく育つのです。

ヨーロッパでキリスト教が広まっていくと、ビールは貧者と百姓の飲物、さらに魔女集会サバトで魔女が悪魔と一緒に飲むものとされ、ビールを飲む人は低く見られるようになります。古代の異教徒の飲みものであったビールと、新しい宗教の高貴な飲みものであるワインという位置付けです。実際、南から運ばれてくるワインは、北方ヨーロッパにおいて教会での秘跡を除けば、まずお目にかかれないものでした。
また、気候風土や精神によるものなのでしょうが、今日でも「ビールの国」はプロテスタントの多い国、「ワインの国」はカトリックの多い地域とほぼ一致しています。

中世になるとキリスト教会は布教に伴い、民衆の嗜好に合わせる他、収穫期に税として納められる穀物の活用・保存のため、修道院でビールを造り始めます。当時は保存や風味付けのためにさまざまな薬草を組み合わせたグルート(Gruit)と呼ばれるものが使われていたのですが、カトリック教会はしばしばグルートの販売を独占し、課税も行いました。

しかし、9世紀になってホップが登場。ホップは単に苦みが爽快な香味材料というだけでなく、天然の保存料が含まれていて、使うとビールの日持ちが良くなります。ホップの入っていないビールは日持ちしないので、早めに飲まなければなりませんでした。そのため、消費は地元に限られていたのですが、ホップを入れたビールは遠くまで運べるようになり、ビールの商業化も進んでいきます。

グルート権などで利権を得ていた人々はホップの使用、普及を防ごうとしましたが、1516年にはドイツのバイエルンでビール純粋令(Reinheitsgebotラインハイツゲボート)が制定され、ビールは水とオオムギとホップのみで造らなければならないと定められました。ビール純粋令で使える穀物をオオムギに限ったのには、パンに必要とされるコムギの不足を避けるという重要な理由もありました。

初期のビールは室温で発酵するエール(Ale)と呼ばれる上面発酵ビールでしたが、エールの熟成の為、涼しい地下室でビールを長期に貯蔵した結果、さらに長期保存が可能なラガー(Lager:ドイツ語で貯蔵するという意味のlagernラーゲルンが語源)と呼ばれる低温で下面発酵するビールが誕生します。

後に、世界中に広まっていくラガーですが、ベルギーやイギリスにエールの伝統が残ったのは、ワイン用のブドウが生育しなかったせいとも言われています。

さて、ビールの祭典といえばドイツ、ミュンヘンで開催される「オクトーバーフェスト(Oktoberfest)」。ビールのイメージしかないお祭りですが、当初はビールとは全く関係のない催しだったそうなのです。
そもそもは1810年、バイエルン王国の王太子ルートヴィヒの結婚を祝うために開催された豪華な祝宴で、この行事があまりにも好評だったために翌年からも行われるようになったとか。地元のビールを飲んで盛り上がるのが主な目的になったのはそれから8年後、翌年の1819年に開催がミュンヘンの市当局に移るとオクトーバーフェストはどんどん華やかになり、ルートヴィヒ王が譲位してもなお続けらるようになりました。

自然からもたらされた「発酵」という作用から生まれたビール。
とても滋養があり「液体のパン」とも呼ばれていたのですが、現在はアルコールや糖質などが抑えられた、様々なビールが販売されています。
とは言え、かつてビールは食べ物でした。爽やかな季節とは言え、くれぐれも飲み食べ過ぎにはご注意ください。


参考文献:

ビールの歴史
ギャビン・D・スミス  著

ビールの自然誌
ロブ・デサール / イアン・タッターソル 著

発酵食の歴史
マリ=クレール・フレデリック 著

#ヨーロッパ
#食文化
#大麦
#ビール
#ドイツ

#最近の学び

この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?