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きぃ君。

 ごめん。正直言って、大学時代はモテた。いい雰囲気になったらとりあえず付き合ってみたって時もあったし、私が好きになった相手だったら絶対に手に入れるってハンターのような眼光を放ってみた時もあった。どんなに真剣に付き合おうと思った相手でもそう長くは続かなかったけど、結果として、少しの悲しみの後、また別の彼氏が出来ていたのは事実だ。

 きぃ君と付き合った期間は2~3週間だったと思うけど、それもうろ覚え。最初どうやって出会ったのか、告白されたのか、いい感じになったのか、始まりさえも忘れてる。でも何か些細な事で喧嘩になって、割と簡単に、そしてあっという間に別れてしまったことだけは覚えている。喧嘩の理由はいまいち思い出せない。

 我ながらヒドイ。色んな人と付き合って、みんなそれぞれそれなりに思い出はあるのに、きぃ君だけは、何故か本当に思い出せない。私から好きになった訳ではないのは確かだけど、あっちから熱烈に好きだと言われた記憶もない。だけど付き合っている期間、いつも離さず、とても大切にされていたのは覚えている。断片的だけど、きぃ君の家で食べた朝食、一緒に観た映画、きぃ君が運転する車での長距離ドライブ。そして唯一はっきり思い出せるのは、ちょっとシャイで物静かに見えるきぃ君からは想像も出来ないアブノーマルな交わりだった。それを私も抵抗なく受け入れていた。

 きぃ君は家にいる間は猫のように体をすりよせてきた。そして暇さえあれば二人で服を脱いだ。学校やバイトが終わればすぐ、きぃ君の家に行った。お腹が空いてるかどうかなんて関係なかった。と言うより、本当にそこの前後の記憶が曖昧ないくらい、とにかくきぃ君に関してはセックスのことばかり脳裏に浮かぶ。

 付き合ったとカウントして良いのかも躊躇われる程あまりに早すぎる別れだったけど、社会人5年目になった頃、何かで私と仕事場がすぐ近くだと分かり、ランチでもと連絡をくれた。久々にきぃ君と会った。久し振り過ぎてお互いちょっと照れたけど、今はお互いパートナーがいることや仕事の近況報告を淡々として、あっという間にお昼休みは終わった。次は飲みの席で!と話し笑顔で別れたけど、それ以来、仕事を理由に会わなかった。

 短い間だったけど過去にアブノーマルな交わりをした私たちは、お互い人間の欲を受け入れ合い、刺激で脳が喜ぶことを知ってしまったから、次に会った時にも割と抵抗なく出来てしまう気がしてしまったからだ。昔の関係に戻ろうなんて微塵も思っていなくても。お互い、パートナーとはどこか退屈になってくる頃、軽い気持ちで飲みになんて行ったら、帰り道にきっとまた交わってしまう。そしてそれは、一回では済まなくなってしまうであろうことは容易に想像できた。

 だからとりあえず今は、会わないことにした。とりあえず、今は。

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