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ルーカス。

 ルーカスのToDoリストの最後から2番目に「Plan Obon Festival (お盆の計画を立てる)」と書いてあったのを見て、「こういうところ、なんだよね」って思った。クリスチャンのくせに、お盆の文化は大切にする。宗教の壁を越えた、神聖なるものへの尊い精神。とにかく、慈愛に満ち溢れている人。

 Facebook放置人口が年々増える中、彼は未だに定期的に更新するどころか、わざわざToDoリストの写真まで載せるタイプの人間だ。ただ決して構ってちゃんな訳でも自己顕示欲が強い訳でもなく、どちらかと言えば真面目で誠実な人柄だ。

 恋愛にすっかり弱っていたあの頃の私は、彼の一年にも渡る真っ直ぐすぎる愛情に不覚にも倒れていった。なぜ不覚か、と言えば。だらしのない生活とギリギリの恋愛をして疲れ切っていた私にとって、とにかく清く正しく一生懸命だったルーカスはあまりにも眩しく、優しささえも気に障った。正直、彼が私を好きだというのは周りから言われなくても見て取れたけど、どこか野暮ったい彼とその言動が私には重く、嫌悪感さえ抱く時もあったほど。だから、どうやったって私が彼を好きになることはないと確信していたからだ。

 結果、1年ちょっと付き合った。ルーカスが愛してくれる毎日はとても居心地がよく、癒され、何より穏やかだった。喧嘩をする事もあったけど、彼が寛容すぎるあまりすぐに仲直り出来たし、ルーカスが男友達と遊んでいたって電話すればすぐに来てくれたから、私はいつだって満たされていた。疲れていればマッサージもしてくれたし、覚えた日本食だって私より上手に作ってくれた。日に日に女王気分になる私は、強気な発言をしちゃうことも多々あったけど、それもこれも全て丸く包み込んでくれた。私の友達にも最高に優しかったし、逆に少しでも私に嫌なことを投げかけてくる人には、漫画のヒーローのように守ってくれた。読書が好きな彼は勉強もよく出来たし、私が初めての人だというあっちの方も常に心がこもって、精神的にも肉体的にも快楽に満たされた。付き合って数か月後には、将来どっちの国に住む?とか、いつか子供が欲しいね、名前はどうする?って話もした。じゃれ合う毎日が、可愛かった。

 周りをウロウロされて鬱陶しいと思っていた時期とは裏腹に、毎日がLOVEで埋め尽くされた絶頂期を経て、別れた原因は、やっぱり私の女王気質が行き過ぎたからだったと思う。私はアメリカに留学していたものの、新卒で就職しないと不安になる日本式の生き方。就活が始まってイライラする私に対し、主席で卒業するくらいだったのに就職には興味がなく、小説家になりたいと夢を追うルーカス。彼の両親は昔ヒッピーだったのもあって、彼も自由な生き方に疑問を持たない人。せかせかする現実派な私と、どこまでものんびり、よく言えば大らかなルーカス。

 たった1か月でも、どんどん生活のズレを感じてきたある日、目の前の現実に耐え切れなくなった私は、いつも通り私を優しく抱こうとするルーカスにとっさに苛立ち、彼の手を振り切って聞いた。「ねぇ。仕事、探さないの?卒業したらどうするの?私とは続ける気ないの?」ちょっと驚いたものの、「君とは続けるに決まってるよ。あと、僕は小説を書きたい。だから君が働いて、僕が主夫になってもいいよ」悪気のないルーカスはいつも通り穏やかに言った。「は??私だけが就職するの?後々あなたが主夫になるのはいいけど、今現在、何の基盤もないのに、どうやって生きていくの?家は?食事は?将来は?だいたい、前々から思ってたけど」と、日頃の就活の鬱憤を晴らすかのように、ネチネチ、ネチネチ、わめき散らし続けた。「今現在いくら貯金あるの?ねぇ!いくら?見せてよ!」って傍若無人すぎる失礼なことも、もうこれ以上、言うことがないってくらい。どんな暴言だって、ルーカスは受け止めてくれる。「こんなんじゃ、もうダメだよ。別れよう。」そう言って怒ってわんわん泣く私。私の苛々は全く収まらないし、何も答えないルーカスに更に沸々くるけど、この喧嘩はどんな形にしても終わりがくるし、ルーカスが「もう大丈夫だよ、辛かったね、僕も何かしら仕事みつけるから」って、背中をなでながら私をなだめてくれる。そしてまた、きっとそのまま、私たちはルーカス主導の穏やかなキスをして、いつもより強く抱き合う。大喧嘩の後、たまらなく情熱的に。

 の、はずだった・・・。別れよう、もう帰る、と言って彼の家を飛び出した私を、ルーカスが追ってくることはなかった。さり気なく何度か振り返ったし、ちょっとゆっくり歩いてみたり、ベンチで座って時間を潰してみたりもしたけど、ルーカスが私に追いつくことは決してなかった。そして帰り道、ルーカスからは連絡もなかった。夜、「言い過ぎてごめん」と送ったメッセージにも、何の返信もなかった。ねぇ、何か言ってよ、ねぇ、ごめんってば、って一方的に何度か送ったけど、ルーカスは何も返さない。そして数日後、「ごめんね。別れよう」って、それだけ返信がきた。

 気付けば私は、裸の女王様だった。甘やかされて、チヤホヤされて、いい気になって、我が侭で。いつも彼は私のために尽くしてくれていたのに、私が彼を包み込むなんて、してこなかった。どんな時も見返りなんて求めないと言っていたルーカスは、私と一緒に毎日を過ごすだけで満たされているんだって思い込んでた。彼の純粋な心を、私は無邪気な振りして、いつも土足で踏み潰していたんだ。

 10年以上も前のこと。未練はとっくの昔に消えてる。今はもう完全にただの友達、ブロックしたり、避ける関係でもない。Facebookも他の人と同様、流れてきたから見て、「見ました」代わりのいいねを押すだけ。ちなみに彼の今までの投稿を見る限り、相変わらず現代版ヒッピーみたいな暮らしを、相棒の猫とのんびり送っているみたい。数日前に投稿していた「Obon Festival」の結果は、どうやら友達を集め、持ち寄った日本食を食べてお酒を飲むというお祭りチックなものだった。私が勝手に想像した「ルーカスが計画するお盆」とは違い、お供えも迎え火もなかったけど、どこで買ったか分からない沢山の提灯が四方にぶら下がっていて、ちょっと笑った。



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