2021年11月1日 小松庵総本家銀座 ≡ 森の時間 ≡ 講師 小松庵小松孝至社長&小松法子専務
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2021年11月1日 小松庵総本家銀座 ≡ 森の時間 ≡ 講師 小松庵小松孝至社長&小松法子専務

小松庵ラボ

小松庵の小松孝至社長と法子専務はオシドリ夫婦(?)で、仕事のシーンでの呼吸もバッチリです。共通していることの1つが、忙しい中にもプライベートの時間をしっかりと持っているということ。小松孝至社長はテニス、小松法子専務はバイオリンです。今回は、法子専務からバイオリンを教わります。

小松孝至社長(以下、社長)
僕はテニスをしています。子供の時からテニスをやっていても全員がプロにはなれません。同じようにバイオリンも世界的に有名なコンクールを目指しても、全員が音楽家にはなれるわけではありません。ただ、どちらも世界のトップになれなくとも、他の仕事をしながらテニスやバイオリンを愛することはできます。それにより、いろいろなことを学ぶ事ができますし、とても大切な事と思っています。さて、ウチの専務はずっとバイオリンをやってきて、今は子供たちにバイオリンを教えています。今日はその模擬として、「バイオリンを教えて欲しい」と入門しに来た初心者の生徒さんへの最初のレッスンを再現をしたいと思います。
今日の生徒役は「森の時間」プロデューサーの風戸重利さんです。よろしくお願いします。

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小松法子専務(以下、専務)
子供たちへ最初に教えるのは、まずは挨拶です。小さな子供がしっかりと立って大人に挨拶をするのはとても難しいことです。挨拶ができるようになるまでに何か月もかかる子もいます。
それでも、挨拶を教え続けます。挨拶が始まりです。

風戸重利プロデューサー(以下、風戸さん)
先生、こんにちは。よろしくお願いします。

専務
こんにちは、よろしくお願いします。風戸さんは挨拶が上手にできますね。
挨拶ができるようになると、次に楽器を持ちます。バイオリンは手で持つのではなくて、体で支えます。

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では、やってみましょう。まずは横を向いて、バイオリンを肩と顎で挟んで支えます。これが結構、苦しいのです。最初は、1曲分のレコードを聴きながら、このポーズでバイオリンを支え続けます。立っているだけではなく、歩いてみましょう。

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それができるようになると、まだ弾かないで、次はリズムを取る練習です。
そして、それができるようになると、今度は弓を持つ練習になります。これが難しいのです。
まずは、右手の指で狐を作ります。右手の親指と中指、薬指を付けて、人差し指と小指が離れます。もし小さな鉛筆があれば親指と、中指と薬指の間に挟んで持ちます。今はボールペンしかありませんが、持ってみてください。これが弓の代わりです。

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意外に難しいですよ。普段の生活では取らないポーズなので、肩がこります。
ではボールペンの代わりに、本物の弓を持ってみます。最初は指で狐を作って、ボールペンを指で挟んだ要領で弓を挟みます。

さて、バイオリンの弦は4本あります。開放弦といって左側の指で弦を押さえない状態では、ソ、レ、ラ、ミの音が出ます。では、その開放弦で1本ずつ弾きます。
風戸さんは、上手ですねぇ。

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ーー会場の参加者が順にバイオリンの支え方、弓の持ち方、開放弦の音の出し方を習います。ーー

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専務
みんな上手ですね。
これができるようになったら、次は、指で弦を押さえて音階を弾けるようにします。
爪は弦に当たってしまうので短く切ります。
ラから一つ抑えるとシ、ド。
さて、これでできる曲として、「きらきら星」をやりましょうか。
最初は全部離して、ラの音から弾きましょう。

風戸さん
難しいですね。
首で支え続けるのがきついです。つい左手で握ってしまいます。握ると指に力が入ってしまうからダメなんですよね。難しいです。

専務
曲を覚えるのも大切なのですが、私はスズキ・メソードという鈴木鎮一先生が開設した教え方でバイオリンを練習してきました。その中で印象的なできごとは、鈴木先生との音合わせでした。鈴木先生の教室では、先生がおられた長野県松本市で毎夏に、夏季学校を開催します。それに参加したときに、まず音合わせをしました。鈴木先生の音に合わせるのですけど、開放弦のラの音で合わせると、それだけでも音がまるで違うのです。

社長
先生は「音をよく聞いて」と自分の音を聴かせて、続けて生徒に音を出させて、もう一度「音をよく聞いて」と、何度か音のやりとりを繰り返したそうです。生徒としては音がずれているのかな、と音程を気にしながら音合わせをしたそうですが、何度かのやり取りの後で先生が言ったのが「その音は、心に響かないね」だったらしいのです。すごいですよね。つまりは、開放弦の音1つで人を感動させなくてはならないのです。やっていたのは、単なる音合わせじゃないのですよ。ぼくは、そういう先生がいい先生と思います。

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ぼくもテニスを習っていて、グリップの握り方もボールの打ち方も教えてくれないコーチでした。でも、上手に打ったときには「今のはボールの重さを感じることができたでしょう?」とコメントをくれるのです。極めていいコーチでした。いい時は「いいね」と褒めてくれます。コーチが亡くなって5年が経ちましたが、ようやく、今、練習していて、「コーチはこのことが言いたかったんだ」と感じることがあります。そういうコーチがいいコーチです。
でも、今は即戦力になるような教え方が求められています。つまり、コーチはすぐに結果を出さないといけない。僕は今、2つのテニスコートに通っていますが、1つは手取り足取り言われた通りをやらなければなりません。それだと、合う人はいいけど合わない人は不幸です。もう1つの教え方はフォームはめちゃくちゃ。ひどいものですよ。でも、当たった時の音がとてもいい。誰も彼もが芯を捉えた打ち方をするので、ポーンとプロ級の音がします。テニスというのはコートを見なくても、音を聞けばそこにプロ級の打ち手がいるかどうか分かります。

僕の亡くなったコーチは中国人で、世界中にお金持ちの教え子がいました。その内の1人とオーストラリアから日本に来たときにテニスをご一緒したことがありましたが、テニスは初めてという中学生のお孫さんも一緒に参加しました。そのときに、僕のコーチが中学生に言ったのが、ボールがネットに引っ掛かったらコート3周走ること、ボールがコートをオーバーするのはいくらでもOK。そうしたら、当たり前だけど、その孫はコートを大幅にオーバーして道向こうまで大きく飛ばしました。普通のテニスの教え方は、ボールがコートに入るように打つことを教えるから、道向こうまで飛ばし続けさせるなんてありえない。でもね、コートに入るように練習していると、10年経っても同じ練習を続けるものなのです。実際に、その中学生の子は3年後にはプロも出るような大きな大会で優勝しました。

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すごいのはその後。そこまで短時間で上手くなるなら、プロかもしくはテニスのコーチになると思うでしょう。それが違ったのです。しばらく経ってから聞いたら、彼はテニスを辞めてしまったというのです。それを聞いた僕は、てっきり彼がテニスの世界で挫折をして辞めたのだと思いました。でも、よく聞いたらそうではなかったのです。彼はテニスを中学生から始めたから、いくらがんばっても世界トップクラスのフェデラーのレベルには行けないと悟ったから辞めたと言うのです。その後、その彼は国から奨学金をもらって医者になったそうです。

かっこいいでしょう? 日本人は一度決めたらその道に進まないと挫折したと思われます。でも、そうではありません。選んだ道が違うと思ったら、別の道をがんばればいいのです。
この森の時間では、そんな自分の道を信じて進んだプロの人と会える場です。心を開けば、見る目を持てば、友達を間違えなければ、これからもたくさんの師匠に出会えるはずです。これまでそういう人に出会えなかったのならば運が悪いのではなく、これまでがたまたまそうだっただけです。森の時間に来れば、みんなが師匠に会えるチャンスをもらえます。そんな場を育てて行きたいと思っています。
今回のお話は以上です。ご静聴をありがとうございました。


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小松庵ラボ
大正11年に東京都駒込に創業した蕎麦店、小松庵総本家の公式アカウント。蕎麦という魅力的な食文化を通じて、様々なジャンルの人々が交流できますよう試行錯誤中です。ここでは、蕎麦やつゆの話、あるいはトークイベントの内容などをご紹介します。http://www.komatuan.com/