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小説|鬼ごっこ

 人里離れた山小屋で鬼は手鏡を見て泣きました。美しい君に。そう言って夫がくれた手鏡です。紅い肌。鋭い角。裂けた口。禍々しい牙。鏡に映った顔は醜く、在りし日の面影はありません。かつて、彼女は人間でした。

 一年前。人々は血を流しました。村と村の戦い。「鬼であること」を押しつけ合う争いでした。鬼に触れられれば人は鬼になり、人に触れた鬼は人に戻ります。鬼はひとり。他所者を鬼にしようとする血で血を洗う醜い戦い。

 しかし、ある時とつぜん戦は終わりました。村でもっとも器量の良い娘が鬼となったまま姿を消したのです。これ以上、生まれ育った地で人が傷つけ合わないように。最愛の夫にも行き先を告げず、鬼は村を離れました。

 山小屋の戸を叩く音。鬼は手鏡を落とします。心変わりをして人に触れる前に、誰かが自分を殺めに来たかと。鬼は心を決めて戸を開けます。落ちた鏡に写る美しい姿。彼女を抱きしめて夫は言います。やっと、つかまえた。






ショートショート No.242

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