小説|飛び立つ絵本
娘が生まれた朝。新しい太陽へ向けて飛び立つハトの群れを病室の窓から彼は見ます。娘の明日を照らすような景色でした。妻も同じ空を見たのか、微笑んでいたのを彼は忘れられません。妻を失って何年が経とうとも。
娘は母親の顔をあまり覚えていません。思い出せるのは、声だけでした。絵本を読んでくれる温かい言葉の響きを胸に、娘は父とふたりきりの生活を歩みます。そうして今日、娘は都内の大学へ進学するために家を出ます。
早朝。娘は最後の荷物を鞄に詰め込みました。家から駅へ続く歩道を娘が見えなくなってからもしばらく彼は見ていました。家に帰ると独り。居間の本棚には古い絵本が並びます。彼は溜息を逃がそうと、窓を開けました。
新しい太陽へ向けて棚から絵本が群れをなして飛び立ちます。娘の明日を照らすような景色でした。彼は思います。いまごろ電車に揺られている娘も同じ空を見ているだろうか。もしそうなら、どうか微笑んでいてほしいと。
ショートショート No.317
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