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小説|ゼンマイ降る夜

 ゼンマイを巻くと歩くロボットのおもちゃを彼は大切にしていました。けれど、ある日の夜のこと。幼かった彼はゼンマイを巻きすぎて親友を壊してしまいます。いっぱいゼンマイを巻けば、たくさん一緒に歩けると思っただけなのに。

 ことあるごとに彼は自分のゼンマイも巻きすぎました。鉄棒の練習をしすぎて、手がまめだらけになりました。寝る間も惜しんで机に向かい、試験当日に熱を出しました。社会に出てからは休みなく働いて、ついに彼は心を壊してしまいます。

 ある夜。警報機の赤い音を聞きながら彼は踏切で立ち止まりました。月が震える轟音。鉄の塊が柔らかい命へ迫ります。上司に迷惑をかけたこと。良い点数を取れなかったこと。どうしても逆上がりができなかったことを、彼は謝りました。

 気づけば彼は線路を通り過ぎていました。脚が勝手に動いたのです。振り返るとゼンマイが落ちていました。あの日の夜空から降ってきたかのように。ゆっくりと彼は拾います。背中のゼンマイを巻いてくれた、懐かしい誰かを想いながら。






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ショートショート No.316

昨日の小説

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冬ピリカグランプリ
明後日から!

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