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小説|雪男は麓の町へ

 雪山から麓の町へ雪男が下りてきました。時計台広場にある長椅子に座りつづけて、はや一か月。雪男はパンも食べず水も飲まず、ただただ町に雪を降らせます。町の人々はみな雪男を怖がりました。ひとりの少女を除いて。

 以前、少女は雪男と会ったことがあります。戦争にとられた父に代わり、病に伏す母に舐めさせようと山で蜂蜜を採った帰り道でした。猟銃で撃たれたか、木陰で動けずにいる雪男のそばに、少女は蜂蜜を置いて去りました。

 ほどなくして少女は母を病で失います。墓前に供える蜂蜜を山中に求めてさまよう娘を、負傷して故郷に一時帰還した父が抱きしめました。もう涙も枯れた少女の嗚咽は、茂みを背にした雪男の耳にも届いていたのです。

 戦傷が癒えた今。父は娘を親戚に預けて再び戦地へ戻らねばなりません。少女から父親を奪う機関車は、いまだにその黒煙を上げられないでいます。それは戦の庭へ続く線路が、麓の町に降る雪に、深く埋もれているから。






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ショートショート No.313

昨日の小説

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