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小説|深夜のクジラ

 朝の早い時間を早朝と呼ぶのに、夜の遅い時間を遅夜と呼ばないで深夜と呼ぶのはなぜだろう? そう考えながら少女はベッドに入ります。クジラのぬいぐるみを抱いて、目をつぶりました。身体が夜に沈んでいきます。

「それはね。夜は潜るものだから」とクジラが少女に語りかけてきました。目を開けると少女はクジラの大きな背に乗っています。暗い海底へ向かって泳いでいるようです。苦しくはありません。「深夜まで潜ろう」とクジラ。

 月明かりも届かない夜の底。クジラはゆっくりと泳ぎました。「これから君は大人になってゆく。大人になれば、明けない深夜を泳いでいる気がする日々も来るだろう。何も見えず、息もできない深い深い夜をね」

「そんな深夜が来たとき、思い出してほしい」と言いながら、クジラは歌います。声を聞いて集まったのは、何千何万という明かり。深海魚たちです。「たとえ深い夜が明けなくとも、僕らはみずから光ることができると」






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ショートショート No.378

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