見出し画像

小説|今を忘れる

 イマという漢字をあなたは思い出せなくなりました。イマまでこんなことはなかったと思います。イマでも信じられません。イマ、紙に書いてみようとしましたが、どうしても手が止まってしまいます。

 仕方がないのでスマートフォンに「いま」と入力してみましたが、なぜか変換されません。「いま」と検索してみると一件も見つかりませんでした。イマがこの世から消えてしまったかのようです。

 イマをないがしろにしてきたせいかもしれないとあなたは思い至ります。過去の失敗を考えるとき、イマ食べているものを味わうことを忘れました。未来の不安を思うとき、イマ見える景色のきれいさに気づきませんでした。

 過去のイマを想い、イマがない未来に怯え、あなたはひと晩眠りました。けれど、目が覚めるとあなたはあっさりと「今」という字を思い出します。朝食がとてもおいしく感じられました。あなたは噛みしめます。今を。






ショートショート No.70

いただいたサポートで牛乳を買って金曜夜に一杯やります。