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小説|この星の回し手

 いつも混む路地に人影はなく、彼は年末の夜気を吸い込み、白いため息に変えます。人々が冬休みを楽しむさなか、彼は残業に身を減らして帰る道中でした。見慣れない煉瓦造りの古い建物の前を通ったのは深夜一時のこと。

 地下へ続く石段を彼は下ります。店なのか民家なのかも分からないまま、得体の知れない引力が彼に錆びた鉄扉を開けさせました。洋風の外観からは思い及ばない十畳ばかりの座敷。中央の囲炉裏に向かう老人の曲がった背。

「まあ座れや」と嗄れた声に導かれて彼は老人の隣へ正座します。天井から鉤棒で吊られているのは鉄瓶ではなく、小さな地球。老人は青い星を撫でて回していました。聞けば四十六億年前から手を休めたことはないそうです。

 彼の疲れた顔をちらと見て老人は言いました。「これが俺の仕事よ。手を止めれば明日も来年も来ねえ。楽じゃねえ。でも、やるのさ。いや、ひとつ間違えた。これは俺だけの仕事じゃねえ。俺たちの仕事だよな」





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ショートショート No.320

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