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必要なのは答えじゃなくて体験。自然の「わからなさ」が育む子供の感性【國學院教授対談・前編】

世は空前のキャンプブーム。でも、冬キャンプに限ると盛り上がりはさほどでもない。その背景には「そもそも多くの人が冬キャンプの楽しさ、楽しみ方を知らない」ことが一因となっているのかもしれません。

國學院が誇る教授陣が、アカデミックにキャンプを考察する本連載。今回は、たまプラーザキャンパスで教鞭をとる青木康太朗准教授が海を渡り、國學院大學北海道短期大学部を訪問。

現地でアウトドアライフが日常化した田中一徳教授と共に、冬キャンプの魅力や楽しみ方、それを阻む課題について語り合いました。

テントサウナやワカサギ釣り、スノーハイクなども楽しんだ2日間の模様を前後編でお届けします。

白一色のキャンパスに一張りのテント


國學院大学北海道短期大学部のキャンパスは、札幌と旭川のちょうど真ん中あたりに位置する人口約3万7千人の街・滝川市内にあります。

旭川空港から、凍る路面を気にしながら車を走らせること1時間半。到着したキャンパスは一面が雪で覆われていて、どこまでが敷地なのかもよくわかりません。春休み中ということもあって学生の姿は見えず、聞こえるのは、雪を踏む自分たちの足音だけ。

校舎の裏側に回ると、ティピー型のワンポールテントが一張り。中から出てきた人懐こい笑顔の男性が、「北海道の冒険王」こと田中教授です。

田中「遠くからありがとうございます。到着してさっそくで申し訳ないんですが、ちょっと手伝ってもらってもいいですか?」

ステンレス製の薪ストーブを組み立て、中に薪をくべる。「キャンパスでとってきた」というシラカバの木の皮が優秀な働きをし、あっという間に火がつきました。

外の気温はマイナス13度。本州のそれとは違う、ふわっとした軽い質感の雪が断続的に降っています。けれどもテントの中に入ると、むしろ暑いくらい。

田中「改めまして、ようこそ滝川へ。お餅でも焼きながら、ぼちぼち始めますか」

30分車を走らせるだけで大自然

青木「滝川のキャンパスには初めて来たんですけど、いいところですね」

田中「でしょう? 私は短大に赴任して14年になるんですが、それまではずっと東京で働いていました。最初は滝川がどんなところかも知らずにやってきたんですけど、四季を通じていろいろな自然を楽しめる、すごく面白い環境だと感じています。青木先生も以前は北海道に住んでいらしたので、この環境がどう映るのかは、ぜひ聞いてみたいと思っていました」

青木「どうしても教育者目線になってしまうのですが、いまの学生は子供のころの自然体験が少なく、自然の素晴らしさを感じづらい。その点、ここの環境は自然を味わうのに最適ですよね。うちのゼミ生にも夏休みなどを利用して体験してもらいたいと思いました」

田中「30分も車を走らせればなんでもできますからね。山菜採りもキノコ採りも、渓流釣りだって」

青木「私も北海道に住んでいた時は自然を満喫していました。家族やゼミ生などと一緒にスキーや釣りに行ったり。ちょっと足を伸ばすだけでいろんなことができるのは北海道のいいところですよね。東京ではこうはいかない。キャンパス内にテントを立ててサウナストーブで餅を焼くなんてもってのほかですよ(笑)」

田中「東京に住んでいて同じ環境を求めたら、那須あたりまで行く必要があるでしょうねえ」

青木「単に時間がかかるというだけでなく、『キャンプは事前に計画して、しっかり準備をしてから行うもの』という意識になるじゃないですか。そうするとどうしても腰は重くなる。北海道なら、極論すれば朝起きてから決めるのでもいいわけだから。この違いはやはり大きいです」

雪を楽しめない北海道の子供たち

青木「あるアンケート結果によれば、保護者の95%は子供に自然体験をさせたいと思っているそうなんです。でも、時間がない、場所がない、やり方がわからないなどの理由で、やりたくてもやれないと考えている人がそのうち3割を占めるという。そういう親からすると、北海道の環境は羨ましいに違いありません」

田中「いや、でもそれは環境のせいだけではないかもしれないですよ? いまの子供は日本中どこでも家でゲームをするほうを好む。むしろ北海道のほうがその傾向は顕著ではないかもしれません」

青木「えっ? そうなんですか」

田中「よほど関心のある家庭でもない限り『雪遊びなんて、なんでそんなこと好き好んでやるの? 寒いし、お金もかかるでしょ』という感じです」

青木「もったいない! その辺の斜面を使ってソリで遊ぶだけでも十分楽しいのに。でも、北海道の人にとっては、雪は楽しむものというより、生活を邪魔するものという意識なのかもしれないですね」

田中「それはおっしゃる通りでしょう。実際、海外の人のほうが冬の北海道の自然を楽しんでいるように見えますから。移住したいという人も多いし、アドベンチャートラベルや投資も含めて注目している。地元の人は、遊ぶというより労働者として働く。冬や雪の楽しさとあまり接していない気がします」

青木「日本人は自然をうまく価値に結びつけるのが苦手なんでしょうか。いや、そもそも楽しむことが苦手なのかもしれませんね」

田中「それはあると思いますね。『楽しむこと=悪』と捉えるようなところがある。もちろん中には自然をとことん楽しんでいる人もいますけど、全体から見ると少数派の印象です。ああ、餅がいい感じに焼けてきた。喋るのもいいですけど、食べて食べて」

共通のルーツはボーイスカウト

青木「実は田中先生とこうやって落ち着いてお話しするのはこれが初めてなんですよね。そもそも田中先生がアウトドアに興味を持ったのはどういう経緯で?」

田中「私は新潟・小千谷市出身なんですが、近所にいつも庭先で焚き火をしている人がいたんです。そういうところに顔を出して焼き芋をしたり、いろいろなものを持っていって燃やすのが楽しかった記憶があります。あるいは、ふきのとうを採って持ち帰ると家の人が褒めてくれたり。本当の元を辿れば、そういうことの積み重ねではないですかね」

青木「日常の中にアウトドア的な要素があった」

田中「小学生でボーイスカウトに入り、そこからはキャンプ三昧です。毎月寝袋と箸だけ持って自転車でキャンプ場に通い、同じ班の仲間と鍋をつついていました。それがとにかく楽しかった。中学生になるとさらにエスカレートして、山菜採りなどもするように。大学に入ってからはアウトドアの会社に入り浸り、毎年夏は福島県裏磐梯のキャンプ場に常駐してスタッフとして働いていたり、YMCAのキャンプ場の駐在ボランティアしたりしていました。いまの仕事に就いたのも当時の縁がつながって。ずっとアウトドアやキャンプと隣り合わせの人生です」

青木「私もボーイスカウトをやっていたんですが、ボーイ時代のキャンプの印象はあまりよくなかった。正直に言って、当時の私はキャンプが嫌いだったんですよ

田中「そうなのですね、なぜだろう。世代の違いですかね?」

青木「ボーイスカウトは自主性を重んじるので、何をするにしても班で決めることが多いじゃないですか。班によって違うと思うのですが、私の班は上下関係がものすごく厳しい班で、下の代はこき使われてたんです。そのうえ、やるべきことをきちんとできていないから、雨が降ると靴はびちょびちょ。手はドロドロで洗い物をしなければならなかったり。そういった経験をよくしましたね」

田中「それは雪国の子供たちが冬は嫌だと言うのと同じで、あまり良い体験をしていないんですよ」

青木「おっしゃる通り。でも、そんな経験をしたボーイ時代も、いまになって振り返れば、やっててよかったと思えるんですよね。例えば、ボーイスカウトには『備えよ、常に』という言葉があります。どんなことが起きても対応できるようにしろという教えですが、いまもキャンプをする際には常に念頭に置いています。当時ボーイで学んだことが大人になってから活きていると感じる場面は他にも山ほどあります」

田中「最近はボーイに入りたいという子供が減っていると聞きますね。滝川もなくなってしまったし」

青木「幼児期は特に自然との触れ合いが大事。できるだけ多様な自然に触れ、『面白い』とか『不思議』と思う体験を積むことが、豊かな感性を育むんです。いまの親世代にはそういう幼少期の体験が少ないから、自分の子供にも同じような体験をさせづらいのかもしれませんね。親にできないのなら、ボーイスカウトのような活動を利用するのは一つの手。それが下火になっているというのはつくづく惜しいですよね」

自然はわからないから面白い

青木「私は大学の教員になる前は子供向けのプログラムをやっていましたが、そこで大切にしていたのは、なんでもいいからまずは体験してもらうということです。いまの子供たちは体験より前に情報を受け取ってしまう傾向がある。例えば、ネットやテレビで得た情報だけで、『海は怖いもの』だと思ってしまう。それが嫌だったんです。そうではなく、実体験を通して自分なりに理解していく。その中で何かを感じるから次のステップに進める。そういったことを気づいてもらいたい思いがありました」

田中「実際に体験してみると、自然にはもちろん厳しさもあるけれど、やはり面白いと感じると思うんですよね。なぜって、人が作ったものなら仕組みがわかるけれど、自然にはわからないことがたくさんあるから。だからこそ感じられる面白さがあるはずなんです。いずれは大人になれば人が作った仕組みやモノの中で生きていかなければならなくなるんだし、せめて子供のころは自然のものに触れてほしいと思いますね」

青木「わからないから面白い。でも、そこがなかなかつながらない人が増えていますよね。わからないからやらない、という人が増えている印象です」

田中「でもおかしな話ですよね。数学にしても理科にしても、完璧にわかっているのかと言えばそうではないでしょう。わからない中で、それでもやっているということがほとんどのはずで。英語だってそう。話が通じればいいのであって、必ずしもペラペラである必要はない。完璧にわからなければやらないというのでは、なにもできなくなってしまう」

青木「学生に『自然のなかで、子供から自分の知らないことを尋ねられたらどう答えたらいいのか』と質問されたことがありました。私は即答できなかったのですが、ベテランの保育士に相談したら、笑ってこう言われたんです。『わからなくていいんですよ。一緒に不思議がれば。それに、なんでだろう?と思っている時間こそが一番楽しいんじゃないですか』って。そう言われてとても腹落ちしたことを思い出しました」

田中「まったくその通りですよ」

青木「いまはわからないことがあるとすぐにネットで調べて、わかった気になってしまう。でも、それでは興味関心はそこで途絶えてしまいますよね。あまりにもったいない。中には大人が教えるべきこともあるでしょうが、答えだけを追い求める必要はないし、それが必ず正解である必要もない。『なんでだろう?』と思っていれば、子供は自然と想像したり調べたり人に聞いたりする。その時間こそが子供にとっての楽しい時間のはずで」

田中実は、明日やるワカサギ釣りもまったく同じなんですよ!

青木「えっ? どういうことですか?」

田中「休日だとファミリーのライト層もいますけど、平日は毎日通っているようなベテランが中心です。私も昨年は2週間毎日調査を兼ねて通いました。そういう人は、ワカサギが食べたくてワカサギ釣りをしているわけではない。知り合いに配ったりもするけれど、それにも限度がある。私は基本的にはキャッチアンドリリースです。つまり、欲しいのは答え=ワカサギじゃない。それを追い求めるプロセスに楽しみがあるということです。明日はぜひそういう心持ちで本番に臨みましょう。私が同行するんですから、もちろん結果も期待してください!」

執筆:鈴木陸夫
撮影:渡辺 誠舟
編集:日向コイケ(Huuuu inc.)

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