見出し画像

「ワカサギ釣りはメディテーション」。アウトドアがもたらす生活の新視点【國學院教授対談・後編】

國學院教授陣が誇るアウトドア通の2人による、冬キャンプをめぐる対談。前編では、短大キャンパス内に設置したサウナテントで、冬キャンプの楽しさや、それを阻む要因について議論を交わしました。

お二人が共通して問題視するのは、体験機会の少なさや、ちょっとしたコツを教えてくれる身近な大人がいないこと。そこで後編では、「毎日がアウトドア」な田中一徳教授の案内で、実際に氷上のワカサギ釣りを体験してみることにしました。

舞台は、滝川市の南に隣接する砂川市。「砂川オアシスパーク」は、旧石狩川の跡地を利用して造成された水辺のレクリエーションエリアです。夏場はヨットやカヌー、サイクリングを楽しむ人も。氷上ワカサギ釣りは、湖面に分厚い氷が張る、冬の約1か月間が勝負です(今シーズンは2月28日に終了)。

取材陣が到着したのは、朝の9時半。平日にもかかわらず駐車場はいっぱいで、湖面に降りると、一帯はテント村の様相を呈していました。

これ以上ない晴天。釣り人たちはすでに臨戦態勢に入っています。我々も準備を急がなくては!

戦略、スタイルは人の数だけ

まずは場所を決めるところから。雪を踏み固めて平らにし、テントを張るスペースを作ります。とはいえ、先客のテントはあちこちに散らばっていて、素人にはまったく法則性が見えません。こうもだだっ広い湖の、一体どこに張るのが良いのでしょうか。

田中「これには諸説あります。ワカサギも音に反応して逃げるので、足音や競争を嫌って遠くにポツンとテントを立てる人もいれば、『密集しているほうが餌を求めるワカサギが集まりやすい』と主張する人もいる。人の数だけスタイルがあるのも、ワカサギ釣りの面白いところです

というわけで、我々は全体のちょうど真ん中あたりに陣取ることにします。

次は専用のアイスドリルを使って氷上に穴を開ける作業です。やってみるとこれが意外に力仕事で、氷点下というのに、すぐに汗だくになってしまいます。腰を入れ、しばらく単調な作業を続けていると、ゴリっという音とともに手応えが。ようやく貫通したようです。

貫通した後も、ドリルを何度か出し入れし、バリが無くなるように滑らかな穴にし丁寧に氷をすくいます。この作業を怠ると、釣り糸が引っかかって切れてしまう原因になるのだそう。こうしたちょっとしたコツを熟練者が案内してくれることが、初心者にとっての「いい体験」を演出してくれます。

最後にゴム製のカバーをかけて、釣り糸を垂らす穴が完成。そこにかぶせるようにテントを張り、椅子に座って、各自が竿や仕掛けの準備に入ります。

今回使用する餌は、ニンニクの香りのついた紅色のウジムシ、通称「ベニサシ」。仕掛けは滝川の釣具店のオススメ品を田中先生が独自にアレンジしたものだそう。「間違いなく釣れますので、ご心配なく」という田中先生の太鼓判が、青木先生にとっては逆にプレッシャーとしてのし掛かります。

田中コツは、針が少し飛び出るくらいに餌を貫通させること。そうすると餌からエキスが出て、ワカサギの食いつきがよくなり釣果につながるんです。ほかにもこだわりを語り始めたらキリがないんですけど、前口上はこれくらいにして、まずはやってみましょうか」

指先に全集中。まるでメディテーション

言うが速いか、さっそく先陣を切って糸を垂らす田中先生。用いるのは、ボタン一つで糸を巻き上げられる電動リールです。モバイルバッテリーを携行しており、長期戦になっても安心。デジタルカウンターを見れば、ワカサギ釣りの仕掛けがどの深さにあるのかも一目瞭然にわかります。

すると、ほんの数分で最初のヒット! それまで終始ニコニコしていた田中先生の目が、僅かな穂先の揺れに“アタリ”を感じた瞬間、獲物を狙うハンターの鋭さに変わったのを我々は見逃しませんでした。その後も立て続けにヒットさせ、貫禄を見せる田中先生。それでも普段と比べると「ペースはぼちぼち」だそう。

一方、「北海道時代に2、3回経験はあるけれど、そこまで本格的ではなかった」という青木先生は、手動のリールでスタート。しばらくは苦戦が続きます。最初のヒットは40分後。喜んだのも束の間、ワカサギの勢いに糸が絡まり、解くのに四苦八苦させられるアクシデントも。

戦況が大きく変わったのは、スタートして1時間ほどが経過したタイミングでした。テントの外から漏れ聞こえてきた「2mに魚群」の声。常連の中には、魚群探知機を持ち込み、まるで工場の流れ作業のように数百匹を釣り上げる強者もいるようで。半信半疑のまま水深2mあたりを狙ってみると……明らかに食いつきが違う! どうやら情報は確かなものだったようです。

それにしても、作業としては実にシンプル。餌をつけて、糸を垂らして、”アタリ”が来たら素早くアワセる。その繰り返しです。海釣りや渓流釣りのように遠くに投げたり移動したり身体を動かしたりすることもなく、側から見ているだけでは、毎日通うほどハマる理由はわかりません。田中先生の考えるワカサギ釣りの魅力とは?

田中「自分にとってのワカサギ釣りは、細い糸と小さな釣り針で魚と対話をしているような感じです。この僅かなアタリ一点に集中しているので、ほかのことはすべて忘れられる、というような。ある種のメディテーション(瞑想)と言ってもいいかもしれない。今日はみなさんがいるからこうしてしゃべっていますけど、一人で来れば、一切口を開くこともない。気づくと周りのテントは全部なくなっていたなんてことも起こ……おおっ、また来た!」

おしゃべりの途中でも意識は常に竿の穂先に集中。「機を逃すまじ」とすごい勢いで糸を巻く田中先生の迫力に気圧される取材班でしたが、実際にやってみると、それだけ集中する気持ちもよくわかります。気づけば、あっという間に予定の2時間が経過していました。

釣りたてのワカサギは塩でヌメリをとってから粉をまぶし、そのまま用意していた鍋で天ぷらに。これがまたサクサクしていて美味い! まるでマクドナルドのポテトのような勢いで、各自の手が伸びる、伸びる……。いくらでも食べられそうな美味しさですが、毎日来ている人からすると、やはり受け止め方が違うのでしょうか。

では、研究室に戻り、対談の続きを行うことにしましょう。

「日常としてのキャンプ」は東京でも可能か

田中「いかがでしたか。楽しかったでしょう? こんな感じで、シーズン中は毎日のようにワカサギ釣りを楽しんでいるんです。春の山菜採りやキノコ採り、夏の渓流釣り、秋のキノコ採りなんかもそう。私の中ではどれも特別なことではなく、日常化しているんですよ」

青木「田中先生が昨日『キャンプを楽しめるかどうかは環境の問題ではないかもしれない』とおっしゃっていた意味がわかった気がします。私は当初、冬キャンプを『日常として楽しむ』には北海道という環境が不可欠だと思っていたんですが、田中先生のライフスタイルを拝見して、その考えがちょっと変わりました」

田中「というと?」

青木「考えてみれば当たり前のことなんですけど、どこまでが日常でどこからが非日常かというのは、人によって違うのだろうな、と。釣り好きの人からすれば、週末に釣りに行くのは、ウイークデーに働きに行くのとなんら変わらない日常です。要するに、生活の一部と捉えれば日常になるし、そうでないと思えば非日常になる。そういう意味では、田中先生は東京時代においても、キャンプが日常にあったんじゃないですか?」

田中「ああ、そうかもしれないですね。キャンプと言っていいのかはわからないですが、少なくともアウトドア的なものが日常だったというのは、おっしゃる通りという気がします。杉並区の阿佐ヶ谷に住んでいた時には、吉祥寺で買い物や井の頭公園に行くにも、妻と二人でノルディックウォーキングで行っていましたし」

滝川にあるミシュラン一つ星のフレンチ『プティラパン』。美味しいものを食べて会話を楽しむ時間も山奥で一人キノコ採りに勤しむ時間も、田中先生にとってはどちらもライフスタイルの一部であって、境目はない。それが「キャンプが日常にある」ということなのだろう

青木「例えばきょうのワカサギ釣りだって、確かに楽しかったですが、これでおしまいなら、それは非日常の体験です。でも、今日をきっかけに『来週からは毎週行くぞ』となれば、そこから日常化していくわけですよね」

田中「北海道の野外レクリエーションとして外部講師をしている名寄の大学では、授業の中で学生を朱鞠内湖のワカサギ釣りに連れて行くこともあるんですけど、それをきっかけにハマった学生もいます」
青木「そういう意味では、東京であっても、やはりできることはある。自然体験それ自体は非日常だったとしても、自然やアウトドアを身近に感じる感覚は、日常に持ち帰ることができるわけです。近くの公園であっても『あ、珍しい花が咲いている』『この蜘蛛は見たことないな』というささやかな発見があるはずで。学生にはぜひ、そういう感覚を持ってもらいたいと改めて思いました」

知ると知らないとで世界は変わって見える

青木そういう感覚を育てるのは、やはり体験ですよ。多様な体験が、自然を楽しむ感性を育むんです。例えば、先ほどスノーハイクをしていた時もそう。田中先生がキャンパス内にあった小さな赤い実を指して『これはエゾノコリンゴの実だよ』と教えてくれたじゃないですか。いつも見ている田中先生からすれば何気ないひとことかもしれないですけど、我々言われた側は、次に見かけたら絶対に意識するはず。そんなちょっとしたことがきっかけとなって、世界の見え方はガラッと変わり得るんですよね」

(当日はキャンパス内で「スノーハイク」と呼ばれるショートスキーも楽しんだ。足を上げなくても動けるため、雪の上を歩くのと比べてはるかに省エネ。夏は藪に覆われた場所も、雪のある冬なら容易に行ける。お手軽だが、冬ならではの自然の楽しみ方の一つだ)

田中「これも時代だと思うんですが、今日行ったワカサギ釣りの場所にはユーチューバーも来ます。配信されているものを見てみると、普段はテントに覆われているから見えないその人独自の世界観を覗けたり、『ああ、こんなに便利なアイテムがあるのか』ということにも気づけたりもして、意外と面白いんですよ」

田中「でも、こういうものが楽しめるのも、僕らが一回でもワカサギ釣りをやったことがあるからじゃないですか。まったくやったことがなかったら、こんなチャンネルを見ようとさえ思わないはず。これは何事にも同じことが言えます。例えば山菜だってそう。ただ歩いているだけでは何もない山道でしかないけど、ちょっとした情報やコツをインプットされると、同じ風景が宝の山に見えてくる。どんどんと面白さが広がっていくわけです」

スノーハイクで用いたシュートスキーの商品名は「アルタイスキー」。中央アジアのアルタイがスキー文明発祥の地とされることに由来するそうで、國學院大にはそのことを示す文献もある。一つの体験が起点となって、面白さは方々に広がっていく(画像:『北蝦夷圖説』間宮倫宗口述,秦貞廉編(1855)(國學院大學北海道短期大学部金田一記念文庫所蔵))

青木「きょうのワカサギ釣りにしても、田中先生にちょっとしたコツを教わったから、あそこまで楽しめたわけですよね。何かを楽しむには、多少きっかけがないと難しいということ。そういった機会をどう作っていけるか、教育の現場に問われているような気がします」

田中「そうですね。なので、國學院の授業でもワカサギ釣りのプログラムをやることを考えていたり。ここまで地道にやってきた甲斐あって、学生の間にも徐々にアウトドア的な素養が蓄積してきているのは感じるので、それを地域に還元すべく、地域の子供たちを呼んで大学のアウトドアキャンパスでキャンプをやるといったことも考えています」

「温泉ソムリエ」や「竹の子皮むき術」ほか、さまざまな資格や免許を持つ資格マニアとしての一面も持つ田中先生。「何か新しい領域について知るのに、資格の勉強ってちょうどいいんですよ。ひと通りのことを体系立って学ぶことができますから」

青木「『日常としてのアウトドア』は東京でもできる、とは言ったものの、今回いろいろと体験してみて、あらためて北海道の環境の良さを感じました。ワカサギ釣りも山登りもスキーも、その気になれば毎日行けるこの環境は、やはり得難いものです。2年とはいえ、ここで学生生活を送れるのは素晴らしい時間になるでしょう。うちのゼミ生がここで学びを得るための機会も、ぜひ作りたいと思いました」

田中「ぜひぜひ。時期が合えばワカサギ釣り、そうでなくても名物のジンギスカンもありますし。滝川には季節ごとの楽しみ方があるので、またいつでも遊びに来て下さい!」

執筆:鈴木陸夫
撮影:渡辺 誠舟
編集:日向コイケ(Huuuu inc.)

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!