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【嫌われる勇気とグラデーション】~独り言~

【 嫌われる勇気とグラデーション】

正直にいえば
この齢になると
嫌われるほうが楽なので
勇気というエネルギーはほとんど
必要ありません。

私は
人を長いスパンで
観察する者です。

その期間は
神様との対話をしながらなので

好きとか嫌いの感情では
断定したり計りません。

しかし
私も感情の生き物ですから

なので
よっぽどでない限り
自分の限度の領域までには
近くに寄せません。

というか
大人なつきあい方を
したい人です。

互いに離れていても
それぞれの一致するところがあれば
それで良しと思う人であります。

それには
理由が幾つかあります。

それは私自身がとても
弱いものだと
知っているからです。

または

それでいて
必要以上に
神様に喜ばれない思い

云わば
負の
よろしくない感情を
抱かせない為でもあります。

私が相手に
一度シャットアウトすれば
もう扉は開かれないからです。

なので
長いスパンが必要なのです。

そして
私は私の時間を
軽んじる人が嫌いです。

それは
どのような人であってもです。

人との会話も交わりも好きですし

自ら交流も求めてはいきますが
必ず時間は決まっています。

それは私にはある程度の
そのエネルギーが
必要だからです。

ある私なりのルールが
あるようです。

それはきっと
誰でもそうだと思っていますが
どうでしょうか…。

そして
私は

感情がどのようであっても
最終的には

時間という存在と
対話していくことを好みます。

時間空間

生き動き存在している存在との
対話を

最後は必要としています。

その中で

少しずつ何もかも
整理しているわたしがいます。

けっこう長年放置してきた

多くのモノを毎日手放し
捨てています…。

とても
それが心地よいので

日々
入れ替えの時期にきているのかと
思わされています。

何かと時間を
捧げてきてしまった気がする。

神様に捧げる時間は
どうだったのか

自分の人生の喜び時間は
どうだったのか…。

自分を生きてきたのか…。

もちろん後悔はありませんが
見つめ直す事は
今後の自分の為でもあるのです。

そんな思いもありながらも
何度も何度も手放しをすることが

心地よいのです。

まるで移り行く季節の
グラデーション
四季のように…。

慌てないで

手放して手放して

手放しつづけ
呼吸を
入れ替えましょう。

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