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ギモーヴ⑤パリのアムール


フランス人にとってのフェット(パーティ)はとても重要だ。彼らは日本人には想像もつかないくらい、家族、そして友達を大事にする。もちろん、家族が一番大切で、二番目は友達。恋人のポジションは、友達と家族の間を行ったり来たりする流動的な物。

職場の上司、同僚なんかはどうでも良い存在で、もちろんその中から、友達や恋人も作るけれど、友達でもない同僚との人間関係に悩むなんて、皆無だ。

彼らの社交性は、小さいときからのフェットで鍛えられている。知らない人と話すのは当たり前だし、友達に連れて行かれたフェットで放っておかれるのも当たり前。

日本文化とあまりにも違うので最初は面食らったが、気軽に他人と知り合えるフェットに、ハルもひろみも積極的に参加する事にしていた。



今日はコルドンの同級生、イギリス人エマの家で開かれるフェットだ。パリでは大抵、食べもの、飲みものは主催者が用意して、呼ばれた方も、適当に何か持って行く。ひろみの件があって以来、ハルはちょっと落ち込んでいたので、フェットで気晴らしをしたかった。ひろみも、もちろんそうだった。

ハルはとりあえず、ピンクのスパークリングワインとチーズを持って行った。ひろみは・・・さすが優等生、病み上がりでもケーキを焼いて来た。タルト・タタンである。底が焦げてしまう可能性のある難しいデザートだが、ひろみは難無くこなして来た。流石である。

エマの家でやるホームパーティだったので、あまりパーティー慣れしていない二人にはぴったりだった。参加者はエマ、ハル、ひろみ、エマのお兄ちゃん(クリス)、クリスの友達でフランス人のピエールである。

アモーレの国フランスでは、異性の人数は合わせておくものらしい。また、フランス人はフランス語を「世界一美しい言語」と自負しているので、皆、外国人相手でも当たり前のようにフランス語を話す。

「サバ、ひろみ?」

「ウィー、ビアンシュール(うん、もちろん)」

の一言で、そこはもう社交の場と化す。悪夢のような出来事があり・・・なんて話は一切しない。ある意味、ドライなのだ。

「エトワ?ハル。(ハルは?)」

「ウィー、トレビアン(めっちゃ元気よ)」

嘘でもフランス人達はこう言う。でも、こう言って強気で毎日を回して行くことは大事だ、とその時のハルは強く思った。なぜなら、もうこれ以上、後ろ向きに生きることは、ハルもひろみも出来ないからだ。

残りあと十ヶ月、授業に出席して、何が何でも世界で通用するディプロマを取る、それが彼女達の目標だった。三百万円払ったし、このままじゃ日本に帰れない。



ハルはクリスと初対面だったので、

「ケスクチュフェダンラビ?(仕事は?)」

と聞いた。すると驚いたことに、

「東洋哲学を学んでいます」

と日本語で答えたのだ。

「日本文化にとても興味があります」

一緒に来たひろみを置き去りにして、ハルはクリスとの話に夢中になった。

「日本文化の中では何が好きなの?」

「禅かな」

「禅やっぱり外国人には面白いんだ」

「そうだね。禅はスバラシイ。今を意識する所が好き」

ハルは飲み慣れないウォッカを飲みすぎてフラフラだった。久しぶりに知的ないい男を前にして、酒が美味しかったのだ。ひろみの中絶騒ぎが、払拭されるようだった。

帰りはクリスが途中まで送ってくれた。

「またね」

「今日は送ってくれてありがとう。またね!」

恥ずかしそうに手を貸してくれて、フラフラのハルを支えてくれた、クリスの純粋な笑顔を、ハルは一生、忘れる事はないだろう。



その後、クリスとは時々会う間柄になった。会ってお茶を飲んで、互いの近況を話して・・・と、まるで「茶飲み友達」のようだった。

クリスはハルと深い仲になりたいようだったが、ハルはこれ以上、二人の関係を進めたくなかった。やはりひろみの事があったから、クリスと肉体関係になることが正直怖かった。

パリの夜道でクリスにキスされかけたとき、ハルは拒んだ。

「クリスごめん、私」

「オッケー、待つよ」

 ハルは心の中で地団太を踏んだ。

わ、私だってホントはキスしたーい!!

そして、思いやりを持って待ってくれるクリスを、ますます好きになるのだった。こ、こんな理想的な相手が見つかるとは!!



だが、親しくなるにつれ、クリスの家で会うことが多くなった。はかられたわけではなく、そのほうが二人とも寛げたのだ。

その日も、クリスの家のソファーでくつろいでいると、突然それはやって来た。キスされて、それがどんどん深くなって、気がついたら、お互い夢中になっていた。クリスの唇がハルの胸元から爪先まで、全身をナメクジのように伝い・・・二人はとうとう、一つになってしまったのだ。

「じゅ・・・じゅて~む!!」

大声を上げる自分に、ハルは驚いた。そして、近隣住民から苦情が来ないよう、クリスはハルの口を自分の口でふさいだ。

「!!!」

ハルは昇天した。



帰り道、ハルは憑き物が落ちたように、体が軽くなっていることに気づいた。勉強のためにずっと我慢していた自分の性欲を満たしただけで、こんなにも体調と気分が良くなるとは!!

「♪ふんふふふふんっ」

鼻歌を歌いながら、パリの石畳をスキップして、ハルは下宿に帰った。


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