『感受性と応答性』~安全基地としてのコミュニティ~
「お母さん、あのね・・・」
言いたいこと、お願い、大事なことにかぎってすごく言いづらいんだよね。
やな顔されると傷つくからね。
『頼る』ことが苦手なのはずっと、頼ることはいけないことだと思ってきたから。頼られた人は嫌な気持ちになるもの。そして自分の立場が危うくなる。知らないうちにそう思い込んでいた、何でも自分で完結しなきゃと、ずっと思ってた。
そんな自分に気がついたのは、子育てが始まってから。すごい勢いで頼って(甘えて)くるわが子と接したことで。
子どもが親に頼ることに親が応じるのは、子どもがちゃんと助けを求められる人になるための、大事なスキル磨きなんだと知った。
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息子“たける”は小さい時から、
・声が届かない
・気持ちや言葉が通じない
・ママやパパが聞いていない・見ていない
といった状況を極端に嫌っていた。
そういう時はどうなるかというと、
・不安を強く感じる
・混乱する
・激怒する
などといった反応が起こり、
コミュニケーションの状況が改善されれば次第に落ち着くけれど、できなかった時は状態が悪化して大泣きしたり、お互いに辛い気持ちになったりすることもあった。
9歳になる現在は、言葉での意思疎通が十分にできるので、事態の収束は早いもの。
それでもやはり、とても敏感なHSC気質のたけるにとって、
・声が届かない
・気持ちや言葉が通じない
・ママやパパが聞いていない・見ていない
といった状況が嫌い(苦手)なのは変わらない。
ちなみに「声が届かない」状況にはこんなことがあった。
例えば身長差。
ママとたけるの身長差が大きいほど、歩いていると声が届かない。
腰を下ろして対話をすればいいけれど、それが頻繁に続いたり、ママが聴き取れずに何度か尋ねなおしたりすると、不安が強まってとても泣きやすくなるので、外出先、特にスーパーなどの施設内では3歳頃まで抱っこが多かった。
3歳すぎても、けっこう大きくなるまで大きなカートに乗せることがよくあった。声が届かないのがそれほど不安なのです。
あと、大きなBGMが流れていたり、イベントが行われていて声が届かなくなると、強く不安を感じているのが表情や身体の硬直からも伝わってきていた。
幼稚園に行っていた時、特にイベントや、私語・自由行動が許されない場や集団行動が極端に苦手だったのも、これが原因かなと。
他にも…
ママが誰かと話をする
ママの心がここにあらず
ママが忙しくしている
そんな時も気持ちや言葉が通じなくなる。
2つのことを同時にできない私は、何かに気を取られると自分の世界中心モードに切り替わって、子どもとの心のつながりが遮断されるのです。
小さい頃はみんなそうなのかな。
自分が何かを話す、行動する時、ちゃんと聞いていてほしい、見ていて、ちゃんとリアクションしてほしいという欲求が強いのだけれど、それは子どもの声や行動に、常に意識を向けていないとできないこと。
ボクを見て!声を聴いて!存在を感じて!
つまり自分に『関心』が向けられているかどうかにとても敏感。
言葉に変わって向かってくる、この欲求の圧は、重い!
重いけれども、この欲求が満たされなかったことで、大人になって、この欲求を過剰に夫に向けた自覚が、私にはある。
トラブルになり、自分が悪いと反省ばかりだったけど、違う違う。
子どもの頃に親に満たされることがなかった欲求は、後になって、甘えられる相手に向けてしまう。
それも過剰に。時に強迫的に。そしてトラブルに・・・。
きっと夫だけでなく、友達や先生、職場やそれ以外の対人関係でも、承認欲求というものは良い結果を生まないかたちで調和を妨げていた。
安定した愛着と【安全基地】
実は、ここまでお話したようなたけるの欲求や反応というのは、敏感で刺激を強く受け、不安を強く感じやすい気質の子(HSC)にとって、特に必要な【安全基地】を、母親である私がしっかり機能させられるようになるための働きだったことが、後になってちょっと違った角度で明確になった。
それは、心の【安全基地】に欠かせないものともいえる、
「感受性」と「応答性」という概念に触れたことで。
感受性と応答性
子どもの安定した愛着を育むには、子どもの安全感を守ることが第一と言われる。
(不安を感じやすいHSCなら、なおさらこれが大事になります。)
そこで、親が子どもの安全基地となり、子どもと安定した愛着を結ぶのに重要なのが、
『感受性』と『応答性』。
ここでいう『感受性』とは、
子どもが何を感じているのか
どんな気持ちなのか
何を求めているのか
これらを感じ取る力のこと。
『応答性』とは、
応じてあげること。
子どもからの働きかけ、声やしぐさに反応する
子どもが求めていることを満たす
困って助けを求めていたら、サポートする
これらが適切に行われることで安全基地となり、
いざというときに「何でも話せる」「助けを求められる」「守ってもらえる」という安心感につながる。
安全基地(あんぜんきち、英: Secure Base)とは、アメリカ合衆国の心理学者であるメアリー・エインスワースが1982年に提唱した人間の愛着行動に関する概念である。子供は親との信頼関係によって育まれる『心の安全基地』の存在によって外の世界を探索でき、戻ってきたときには喜んで迎えられると確信することで帰還することができる。現代においては子供に限らず成人においてもこの概念は適用されると考えられている。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
コミュニティの中の感受性と応答性
私は今、不安を抱えやすく、学校など安全・安心が感じられない環境で困難さを感じるHSCの子の安心をつくるためのクラウドファインディング挑戦に向けて準備をしている。
コミュニティ内のクローズドの掲示板で発表した時、それはたくさんのメンバーが応答・応援してくれて、とても嬉しく安心した。
クラファンへ導いてくれたメンバーもいるし、それまでに相談して心のこもった真摯な対応で励ましてくれているメンバーもいる。
それでも準備を深めていくと、現実のいろんなことが見えてきて、本当にやり遂げられるの?という不安に襲われる。
コルクラボで大切にされている「安全・安心が確保されている」状態を、自分がつくれていない。つくり方がわからなかったのだ。
実は今回の、この“怖い”という強い感覚は、自分の人生史上で一番。
なのだけど、今感じている“怖い”“不安”の強さは、特に敏感性の高いHSCの子や人(HSP)が、常日頃さらされているものなのではないか、と想像している。私の場合は自分で選んで決めてやっていること。でも学校は、自分で選んだのじゃないのに、こんなふうな気持ちで過ごすのは・・・確かに地獄だと思う。だからやっぱり挑戦は諦めたくない。粗末にしたくない。
そうして私は思い切って、ヘルプの声を上げた。
オンライン(Zoom)で相談に乗ってくれる仲間との会話にどれほど救われただろう。とてもとてもありがたかった。会話の力のすごさを改めて知った。そして、「安全・安心を確保」するための具体的な案を提示してくれた。
コミュニティ内でプロジェクトを立ち上げ、伴走してくれるメンバーを募ろうという案。提示してくれたまさまさ さんは、こんなふうに言ってくれた。
ココカクさんは志、勢いの人だから、たとえば槍が飛んでくるかもしれない。
そんな時、ひとりで傷つかないで良い状態があると生きやすいよね。
チームがあると、ひとりの不安を紛らすことができる。
安全基地だ…。
その後まさまささんは、掲示板で私の悩みや思いをみんなに伝え、応援を募ってくれた。そしてそれに応答して、一緒にやろう!伴走するよ!と言ってくれる仲間がいてくれた。
一緒に助けを求めてくれる人がいる心強さって?私、味わったことないんじゃないかな。そして、こんなにたくさんの人に、手伝うよって言ってもらう体験も。
ひとりじゃないよと言ってくれる仲間の存在で、安心がここにあることを知る。安全が確保できてこそ、安心して動けるんだよということが、コルクラボでは言われている。
「感受性と応答性」・・・それの恩恵を得る側の安全感・安心感を体験してみて、また世界の見え方が変わっていってる。
あぁそうだ。だから私はコルクラボのような“優しい世界”のコミュニティをHSCの子とそのお母さんとでつくれたらいいなと改めて感じたのだし、コルクラボのような“優しい世界”のつくり方が広まるといいなと思ったのだった。
「感受性と応答性」を思い出したもう一つの出来事がある。活動の一環として取材をすることになったのだけど、企画書の作成や進め方に自信が持てず、それについて私はとっちーさんを頼った。そうしたら、その迅速すぎる対応に驚いた。即反応し、問題解決へ手解きしてくれる。
これに関しては4期のゴローさんが、別件でのとっちーさんの動きについて、
slack上でのやりとりで、@とっちーの動き方マネジメントだな、うまいな~って勝手に思ってました。
とのことで、さらに具体的な感想を掲示板に上げてくれていた。それに対するコメントのやりとりの中で、「即レスは関心もってもらえてるって安心感あるね」「頼るのハードル下げてくれる」「愛を感じる」という言葉が交わされた。
『感受性と応答性』は、子どもにとっても、大人でも、安全・安心を実感でき、「自分でも頼っていいんだ」という許可を与えてもらっている安心感が得られるのだと身をもって知った。
予定しているクラウドファンディングは、「学校に行かない」ということを選択肢に加えられるようになることを願った企画で、学校に行かないという選択のハードルを下げるための安心材料を集め、本にして出版したいというものです。コミュニティも必要なのだけど、今はまずここから。
学校がとても苦手だったり、行けなくなる子、症状が出る子の多くが5人に1人の割合で存在するHSC(とても敏感な子)。頑張って無理に適応して疲れてしまうHSCの心と将来を守るには、いざとなったら辞めてもいい!という覚悟と選択肢のための親子に寄り添う安心材料が必要だと思うのです。
サポートありがとうございます。 そのお気持ちは私に元気と勇気を与えてくれます。 私もそれをたくさん還元していけたらいいな。