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シャニマス「海へ出るつもりじゃなかったし」感想。少女たちの船は「海」へと出航する

待望のノクチルイベントが来た。

今回は明確に『天塵』の続きであったし、『天塵』に対するアンサーを描いてきたコミュ内容だった(前回のイベントコミュ感想はこちら)。そこで今回はノクチルが以前からどう変わったのかに焦点を当てて感想を書いていきたい。

なお、私の感想は『ツバメ号とアマゾン号』(アーサーランサム作、神宮輝夫訳)の内容を多く含んでいる。ノクチルに対する理解の解像度を上げるにはもってこいの一冊なので、こちらも一読することをお勧めする。

(注意!)『海に行くつもりじゃなかったし』コミュ、透イベントSSRコミュ、『明るい部屋』コミュネタバレあり。


ノクチルの変化が見えたコミュ

以前の感想でも書いた通り、『天塵』ではノクチルの4人はコミュを通じて何も変わることはなかった。アイドルに対する意識も、互いの距離感も、考え方も何も変わらず、海での孤独なライブで幕を閉じた。

ノクチルの面々は「アイドル」にはなっていなかった。283プロに所属したという事実以外、何も変わらなかったのだ。それが「彼女たちは『透明』なままだった」、という私の感想になっている。

また、プロデューサーが彼女たちの「透明」を大切にするあまり、「アイドル」になるためのアドバイスをためらっていたのではないか……と私は感じていた。というのも、『天塵』エピローグにて、以下のようなプロデューサーの独白があったからだ。

――なんて伝えればいいんだろうな……
こういう美しさのこと
――はは
まだ高校生なんだ……
窮屈にばっかり考えなくたっていい
後悔させないように、
頑張るからな
絶対

『天塵』の最後で「そういうことも含めて考えてほしい」と言ったものの、結局はノクチルのやりたいようにやらせるだけで、彼女たちが「アイドル」に真剣になるような方策を練ってはいないのではないか。彼のプロデュース方針に対して、そんな疑念を抱いていた。

ところが、それは大きな間違いであったことが分かった。4人にとっての「部外者」であるプロデューサーは、やはりノクチルの4人を変えるきっかけとなったのだ。

プロデューサーの「説教」

クリスマスイベントから感じたことだが、『天塵』のときに比べプロデューサーは4人と会話するようになっている。世間話や仕事の話だけではない。仕事に対する態度、心の持ちよう……樋口に言わせてみれば「説教」のような話だ。

たとえば、クリスマスコミュ『明るい部屋』の一節。

P「サービスするのは、
一緒だからさ
ケーキをちゃんと売れないんだったら
写真だって握手だって、きっと受け取ってもらえない」
円香「……
テンプレートみたいな説教」
P「ははっ、そうかもしれない
……でも
テンプレートになるくらい
当たり前のことなんだ」

そして、今回のコミュでのこのセリフ。

みんなでどうなりたいか、ってことも
少しずつ考えながら、選んでみてくれると嬉しい

プロデューサーはノクチルの「透明感」を誰よりも愛しているが、アイドルとして4人が成長していってほしいともちゃんと思っていることが分かる。

『天塵』でも、今回の善村記者との会話でもプロデューサーはノクチルの透明な輝きに彼女たちの美しさを見出していたが、必ずしもプロデューサーは「ノクチルはそのままでいい」と考えているわけではないとようやく気づいた。

4人が本気で「アイドル」に向き合わなければ、この仕事を続けさせてあげることはできない。しかし、「透明」である彼女たちの魅力を潰すようなことがあっては決してならない。そんな葛藤がプロデューサーの中にはあったのではないだろうか。まさに、「アイドルを大切にする」と善村記者に言わしめる、素晴らしいプロデューサーである。

「優勝してきてほしい」

――聞いてほしい
俺の方から、ひとつ条件を出したいんだ
今回、優勝してきてほしい
……これは、プロデューサーとしての
俺の真剣なオーダーだ
できなさそうだったら、
出る価値のある案件じゃないと思ってる

そういう葛藤から出した彼なりの答えが、「優勝してほしい」というオーダーだったのだと思う。

最初から賑やかし要員でしかなく、勝敗で知名度が大きく変わることもない、ということを、プロデューサーは最初から理解していた。それでもあえて優勝してくれと注文したのは、そのオーダーによってノクチルの意識が変わってくれるはずだ、と信じていたからだろう。

このオーダーがなかったらどうなっていただろうか。想像にすぎないが、大した練習もせず、リハや本番で他のアイドルに目を向けることもなかっただろう。カメラが回っていることなんて、最後まで気にも留めなかったかもしれない。

しかし、「優勝しろ」というオーダーによって、彼女たちなりに事前に練習をした。他のアイドルがどう動いているか、カメラが何を捉えようとしているかを意識した。結局やっていることは「カメラに写らない」という作戦で、普通のアイドルとしては全くおかしなことなのだが、「優勝しろ」というオーダーに一所懸命であった彼女たちにとっては自然なことだった。

結果として、テレビには全然映らなかったのだが、「優勝しろ」というオーダーのために必死に努力したのは間違いない。ノクチルが「アイドル」になった、アイドルの仕事を、友達同士の遊びの延長としてではなく、アイドルとして取り組んだ初めての活動だった、と言って差し支えないだろう。

プロデューサーは、優勝するという分かりやすい目標を立て、それを自身からの「オーダー」としてクリアしてもらう、という手順を通して、彼女たちの意識をほんの少し変えたのだ。結果、彼女たちは彼女たちなりに真剣に仕事に取り組んだ。そういう意味で、本当に完璧なオーダーであったと思う。

ツバメ号とアマゾン号

もう一つ触れておかなくてはならないのは、今回のコミュを通じて登場する『ツバメ号とアマゾン号』だ。

まず、『ツバメ号とアマゾン号』は、透の中の原風景を作り出している。

ドン……

轟く
砲弾の音
波間にひしめく
荒くれ者たちの声

また、「ピース・オブ・エイト(八銀貨)」の鳴き声は『宝島』のオウムがもとではあるが、s-SSRコミュも合わせて見ると「『ピース・オブ・エイト』とはなかなか鳴かないオウム」であり、これは『ツバメ号とアマゾン号』に出てくるジムおじさんのオウムを思わせる。

透が『天塵』オープニング回想シーンで「海に行こう」と唐突に言い出したのも、もしかしたら『ツバメ号とアマゾン号』を読んだからなのではないかな、という妄想もしてみたり。

そしてもう一つが、円香と小糸は透の家にあった『ツバメ号とアマゾン号』を手に取り、2人もあらすじを知る場面。

円香「――でも、この子たちには海に見えてる」
小糸「え?」
円香「お互いのこと、航海士みたいに呼び合って……
どこかの海で、海賊と戦ってるつもりになってる」
小糸「へぇ……」
小糸「わ、わたしたち……」
円香「……ん?」
小糸「――う。ううん……」
円香「同じだね
アイドルごっこして」
小糸「……!」
円香「ほんとは、湖なのにね」

私たちがやっているのは、アイドルじゃない。アイドルごっこ。小糸も円香も、心のどこかでそう思っている。

『天塵』のときのノクチルはごっこ遊びに本気じゃない。アイドルでありながらも、「ごっこ遊び」だということが心のどこかでわかっていながら活動していたのだと思う。アイドルは4人で一緒にいるための(あるいは、浅倉と一緒にいるための?)手段でしかない。だから、この先どうしたいかも当然なかった。

しかし『ツバメ号とアマゾン号』に出てくる4人きょうだいは違う。本気で湖を海だと思い込んでいた。口笛を吹けば風が来るし、お母さんは原住民だし、ハウスボートには海賊が住んでいる。想像の世界に没頭していたのだ。

ごっこ遊び、でもいいじゃない

もちろん、アイドルに対する憧れやユニットでの新鮮な出会いのない彼女たちにとって、アイドルを「ごっこ遊び」以上のものとする理由はない。

しかし、だからこそ、「本気のごっこ遊び」をしてみたらいいじゃない、と、プロデューサーは思っていたのではないだろうか。

改めて天塵ラストのプロデューサーの言葉を見てみると、そう思えてならないのだ。

――はは
まだ高校生なんだ……
窮屈にばっかり考えなくたっていい

最初に読んだときは、「まだ高校生なんだから、気楽にアイドルをやらせればいい」くらいの意味だと思っていたが、今回の内容を踏まえると「まだ高校生なんだから、本気でアイドルごっこしてもいいじゃないか」という意味に聞こえてくる。

少女たちは「海」へと出航する

結局、彼女たちは優勝はできなかったが、優勝を目指すという経験を通じて、「遊びだと分かっているアイドルごっこ」から「本気のアイドルごっこ」に気持ちが切り替わったのだと思う。

最後にテレビを視聴したシーンで、自分たちそっちのけでフィーチャーされているアイドルに感情移入しているのを見ると、本気でやる思いに共感できるようになったんじゃないかなあ。

『天塵』では、アイドルを「ごっこ遊び」、つまり日常の延長としてしか消化しない4人がいて、それに対してプロデューサーが何の解決も与えぬまま終わるという結末だった。

しかし『海に行くつもりじゃなかったし』で、プロデューサーのオーダーによってノクチルがノクチルなりにアイドルと向き合い、「本気のごっこ遊び」を始めた。まだ本当の海に出たわけじゃないけど、確かに4人は出航した。


夏休みを「本気の航海士ごっこ」で終えた4人きょうだいと、正月休みを「本気のアイドルごっこ」で終えた4人の幼馴染。透も言っていた通り、とても状況がよく似ている。

海に出るつもりじゃ
なかったけど
海に出てしまったから
風を探している

きっと風は来る。そしていつか、彼女たちは本物の海へと飛び出していく。W.I.N.G.を見届けている私たちにとっては当たり前のことなのだけれど……今回のコミュでその確信が持てて本当に良かった。

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