ホームレス、トーマス・ヴァンスの軌跡 a story of Thomas (5)
第五話
再起への道(2) マイルストーン
トーマスに私が語った夢。今の私なら口に出来たかどうか分からない若さゆえの言葉だったのかもしれない。
あの夏の公園で、トーマスと交わした約束。
「トーマス。僕はいつか君のサクセスストーリーを作り上げたい。君がもう一度職を得て、きちんとした家に住み、幸せな家庭を築くまでをフィルムに収めていこうと思う」。
その廃墟でアーリンは身ごもる。彼女の胎内に宿った小さな生命が、トーマスをもう一度人生のリングに引っ張り上げた。
「今ならまだやり直せる。これから生まれてくる子のために、自分の人生を捧げるんだ」。トーマスの再起を懸けた挑戦が始まったのだ。その固い決意が、彼をドラッグの誘惑から離れさせた。
1990年3月、ふたりの間に長女ケンドラが無事誕生。だが、ニューヨーク市当局は、麻薬中毒の母親から生まれた赤子を強制的に福祉施設に収容した。トーマスがアーリンと別れたのはその直後だった。
「彼女はケンドラの母親になるより、ドラッグを選んだのさ」。
【写真】独りの日々。廃墟の非常階段から私に「See You.」(1990年6月)
トーマスはひたすら真っ当な生活を目指していく。
当時アメリカ政府は何年かぶりに国勢調査を行い、調査員を一般市民から募っていた。まだインターネットのない時代だ。一軒一軒の家庭に出向き、人種や家族構成などを確認する必要があった。彼はスクワッターだったが、応募し、パートタイムの職を得た。そして、国勢調査員の身分証明を胸に家々を訪問するようになる。こんなところがアメリカの懐の広さと言えるのかもしれない。
社会の一員になれたことで、トーマスに自尊心が戻っていく。彼の表情にそれは明らかだった。
私は、その記念すべき里程標に達したトーマスの写真を撮った。
国勢調査員のカバンを持って、ゆったりと構えるトーマス。娘のケンドラに会いに行った際の、面会許可証のステッカーが壁にびっしり。それらもまた、旅の道しるべに違いなかった。
(つづく)
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