ホームレス、トーマス・ヴァンスの軌跡 a story of Thomas (2)
第二話
幻の紅茶 (2)
トンプキンス・スクエア・パーク (マンハッタン東7-10 丁目、アベニューAとBの間) に着くとトーマスは、キャンプ用のコンロに火を点け、湯を沸かし始めた。メニューを尋ねると、「チキンスープだよ」という答え(写真)。その傍らでアーリンは、ペットボトルに何処からかくんできた水で、粉末紅茶を溶かし始めている。
公園のベンチに座って食べるスープと紅茶の昼ご飯。「ティー、飲まない?」とアーリンは初対面の私にも勧めてくれたが、断ってしまった。のどが渇いていなかった訳ではない。衛生面が気になり、カップを手にすることがどうしても出来なかった …… のだ。
トーマスは電気の配線技術の免許を持っている。働く意志もある。しかし彼には定職が無かった。たまに手にする仕事といえば、もっぱら建設現場の日雇い労働。収入は「良い月で400ドル、悪いと200ドル」。
「今は人生のダウンの時期。でもこれからは上向きになると思うんだ。住む場所も見つかったし……」。
"いつか、きっと" という思いが、彼を支えているようだった。
午後の公園で1時間ほど過ごしただろうか。「よかったら、オレたちの所に寄って行くかい?」というトーマスの誘いに応じることにした。
ほとんどすべての窓ガラスが割れてしまい、それが傷口のように見える廃墟。だが、"部外者" に荒らされないように、入口のドアはしっかりロックされていた。赤い頑丈な鉄のドアを開ける。ひんやりとしたカビ臭い空気の中を、がれきを除けながら進んだ。暗く、埃にまみれた廊下。2階の1部屋がトーマスの住処だという。
以前はアパートだった5階建てのビル。内部はほとんど朽ち果てて、住めるスペースはごくわずかだ。ここに20人ほどが住んでいる。入口のドアのカギも、皆で金を出し合って取り付けたのだそうだ。
トーマスとアーリンの部屋は10畳ほどで、テーブルと万年床、ろうそくと、食材と、それからペーパーバック。どこかのんびりとした生活感が漂っていた。公園のスープの残りをおいしそうに食べるトーマス。確かにここは、彼らの「人生」の現場、雨をしのげる「HOME」なのだ。
それから数ヶ月後の秋の終わり、トンプキンス・スクエア・パーク の脇で、ボランティアから食物の配給を受ける列に並ぶアーリンを見かけた。アーリンは妊娠していた。
(つづく)
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