米粒の魔が差す
A「ええ、ええそれはもうえらいこって。
気いついたらすうとおらんくなっておりまして。」
B「‥‥」
A「まあわたしどもも、こうたくさんお客さんおりはりますので、お酒は切らしておらはりませんやろかと気いはってみましたり、かと思いましたら玄関口でまあまあお足元のわるい中よう来てくださりましたとご案内してましたりと、
心配事も少なからずありまして、あっちへこっちへとまあ絶え間なく足動かしておりましたら、アレがいなくなってもちっとも気いつきませんのですわ。」
B「‥‥」
A「ええ、ええ。え? ああ、それが、ふふふ、おかしいんですけどね、ちょうどお料理を運ぶんで袖口まくっておりましたから、その隙間んとこにですね、うまいこと挟まってしもたみたいで。」
B「‥‥」
A「はははは!そうでっしゃろそうでっしゃろ。
あちこち探し回ってみたんですから、灯台下暗しとはこのことですわ。」
B「‥‥」
A「はあ、まあ幸い軽いヒビですみまして、また炊きましたらふっくら元の様子です。こういうの魔が差すゆうんでしょうか。ほんまこんなこともあるもんですわ。
…笑い話ですんでよかったですわ。」
Aは受話器を耳に当てながら、あの雨がドシャドシャと降る夜、黒服で何度も家の中を往復するのを思い出していた。
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