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ガンジス川に夫を殺しに行ってきた ②

わりとあっさり1年が過ぎた。新しい生活はなんだかんだやる事も多く、あっという間だった。でも限界でもあった。 

好きでもない男と一緒にいるのは苦痛だ。欠点ばかり見えてくる。早く殺したい。

夫のお盆休みを利用して、遅ればせながらの新婚旅行が決まった。大して旅行好きでもなければ、会社の都合を優先したい夫にとって、妻が前乗りで1週間早くインドに行くことに反対はなかった。

前乗りインドで、夫を待つ黒い新妻

ホテルに着いて荷物を置き、すぐにガンジス川へ向かった。
人、人、人。そして牛と野良犬。
インドは喧騒と混乱の街と言われるけれど、本当にそうだ。
ましてや、日本の女性一人である。しかもギリギリ美しい方だ。
まっすぐに歩くのが困難なほど、インド人から呼び止められる。


「扇子、買わない? かわいい扇子! ナガワサマサミも買ったよ」


そんなワケない、インドを題材にした映画に出演経験のある女優の名前を、堂々と嘘につかうインド人に、苦笑いしながら、ひたすら小道を進んだ。
そして、小道の奥が一気に開けた。ガンジス川だ!
今までの喧騒が嘘のように、聖なる空間がそこにはあった。


長い階段を下り、ガートへ。川沿いは車もリキシャーも進入禁止である。
ガンジス河の汚染は深刻と聞いていたが、濁った色が、全ての罪を流しているからだと思った。
ガンジス川で沐浴すると、全ての罪が洗い流されると言われている。
スピリチュアルな世界をバカにしている私だが、ガンジス川の汚れは、人間の罪の色だ。
私の馬鹿げている残酷な願望も、そっと受け入れてくれる。
なぜか、心から信じられた。


ゆっくりゆっくり流れるガンジス川。
殺人計画の下見に来たのだけれど。穏やかな気持ちになっていく…。
私は、まだ絶望しなくても良いのだ。
そう、殺人をしなくても幸せに…。
「ボート、ボート」
浸っていた私に、ボート勧誘のインド人が現実に引き戻してきた。
「いや、オレのボートに乗れ!」
私はボートに乗りたいと言っていないのに、勝手に争いが起き始めた。


ありがとう、インド人の皆さん。
生き抜くためには良い人では損をするのだ。
初心を思い出したわ、私は今の人生を変えに来たのだ。 

せっかくなので、ボートに乗ることにした。
一番先に声をかけた男のボートへ。
他のインド人たちは、次なるターゲットの元へ去って行った。あきらめが早い。


「火葬場などを巡る二時間のコース」
ほぼ強引に決められた。私は一時間で交渉したのだが、つたない語学力とボート乗りの強引さに負けた。


「まぁいいわ。どうせ予定が詰まっているわけではない」


私は、この強引なボート乗りなら、少しのお金で、殺人の共犯にもなってくれると確信していた。笑ってしまう。

日本男児より遥かに強いボート乗り

バラナシで生まれ、14歳からボートを漕いでいる彼が日本語を学べる学校などに行けるわけはない。しかし、日本語も堪能であった。
全ては、カモである日本人観光客から覚えた言葉だ。たくましい。


ゆらゆらとガンジス川の上で揺られながら、私はたしかにエネルギーが満ちてくるのを感じていた。

「タバコ一服いいかしら? よかったらいる?」

私はボートの上でタバコに火を付ける。吐き出した煙はお香のように私を清めてくれている気がする。盛大な勘違いだとわかってはいるが。

彼は火をつける前に何かやってから火をつけた。どうやらマリファナを追加している様だ。やはり、この男、嫌いじゃない!

「ねぇ、名前は?」

「バラトだよ」

彼はガンジス川の水で口をゆすぎながら言った。

「私は華子。これからも宜しくね、バラト」

私はニッコリ微笑んだ。名前は1番短い呪。名前交換から縁ができ、縛りが生まれるのだ。

そういえば、夫は夫。名前も紹介していないのが、私が夫を1人の人間として認めていない証拠だ。

インドの悪しき習慣であるカースト制度は表向きは禁止されたが色濃く残っている。最底辺は人間扱いされないアチュートと呼ばれる層だ。

私は無意識に夫をアチュートに位置づけているのだろうか。そして殺意のある私こそ、人間以下なのだろうか…。もしくは誰より人間らしいのかな…。

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