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赤ちゃんの頃の記憶―22 <体>

今回は<体>について⑥回目で最後になります。
細かい記憶シリーズです。
テーマにするには記憶の量が足りてない感じなのですが集めてみました。

意外と寝返りとかこの辺りの記憶がなぜか弱いのです。
言葉を覚えようとしていたからでしょうか?
自分だけの世界から卒業して周りのことを見ていたからなのでしょうか?
まぁでもこれだけでも覚えているだけマシと思ってくださると幸いです。


子育て中の方や妊娠中の方、赤ちゃんが欲しい方、お孫さん、友達の赤ちゃん、仕事で近くに赤ちゃんがいる方、子育ての思い出がある方、ぜひ「僕の胎内記憶」も読んでほしいです。


体の記憶⑥

― 寝がえりの記憶 ―

だけど、僕は寝がえりについてはあまり覚えていない。

手足を動かそうとしていた頃の記憶がこの辺りなのかもしれない。

大人と違って赤ちゃんの僕にはそこに区切りが無かったのかもしれない。


― ハイハイの記憶 ―

ハイハイの記憶も実はあまり覚えていない。

まだ歩けない頃。

たぶんハイハイをしていた。

よく頭をぶつけていた。

ちゃんと前を見ていないことがよくあったからだ。

そして大人たちが巨人に見えた。

いつか立てるようになったら大人の半分くらいの大きさの自分の姿を想像していた。

いつか立てるようになりたいと思っていた。


― 立ち上がった記憶 ―

立ち上がったら、今まで届かなかったところが届くようになると思っていた。

実際は思っていたほど変わらなかった。

ほとんどのところがまだ届かなかった。

一番目安にしていたのは「電気から垂れ下がっているスイッチの紐」だ。

結果は、全然届かなかった。

大人たちは相変わらず巨人に見えた。


― 歩行器の記憶 ―

歩行器に乗っている写真があるのだが、いまいち記憶がない。

少しだけあるのは、歩行器に乗っているにもかかわらずこけたことがあるということくらい。

よく歩行器に乗っていたと母に聞いたことがある。


― 歩き出した頃の記憶 ―

歩けるようになってからしばらくはすぐに転んだ。

よく転んで頭をぶつけていたことを覚えている。

<自分だけ痛い思いをして、自分はなんてかわいそうなんだ>

いつも自分を情けなく慰めていた。

母はよく「痛いの痛いのとんでいけ~」とさすってくれた。

痛みはどこにもいかなかったが、抱きしめてくれるのはうれしかった。

でもたまに、僕は泣いているのに大人たちは笑っていた。

だから自分で慰めるしかなかった。


はやく大人になりたいと思っていた。


つづく

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