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川に流されて生き延びた話<体験談>⑥

これまでに幾度の危機を乗り越えてきたのだろうか?
滝を目の前にして僕は、今までと違い逃げることも、焦ることもせず、挑む覚悟で向かっていきました。

異様な水流と、先の見えない川の向こう側、間違いなく滝だとわかりました。
この直前まで無理をせず体力と呼吸の回復に努めたこともあり、万全でした。
落ちる瞬間に肺いっぱいに空気を吸い込み、滝に落ちていきました。

肺に空気がいっぱいだと自然に浮き上がりやすく、これまで小さな滝のような段差はこれでいけると経験済みでした。
ここでも同じ要領で挑んだのですが、今回は勝手が違いました。
すぐに浮かび上がりません。
「とうとう来たか」
そう心でつぶやきました。

僕は息を止めるのが得意でした。
じっとしていれば2分は余裕で息が続きました。
動いていても1分は大丈夫。
その中で、今まで通り脱力と明るい方を確認して、流れに沿って川底を進み…

10秒、20秒、いくら待っても体が浮き上がりません。
それどころか体が常に回転していて上下が全く判断できません。
今までのループとも違い、ずっと水中で渦の中にかき回されてる感覚です。
状況を理解するまでに少し時間を要してしまいました。
それでもまだ息に余裕はあります。
しかし予断を許さない状況に焦らされました。

なんとか抜け出すために体を安定させようとするのですが、水圧でコントロールできません。
体のあちこちに岩がぶつかる感覚と叩きつけられるように、押し寄せる水圧。
目の前が明るくなったり暗くなったり、何が何だかわかりません。

「もしかしたら、ここは水深が浅く、僕は滝の流れと川底のはざまで動けなくなっているのではないか?」
「そうだとしてどうすればいい?」
生き延びるために必死に考えました。

体のあちこちに岩が当たるということは、滝のすぐ近くに岩がある可能性をイメージしました。
岩は横や前、下にもあるのかもしれません。
そんなことは今の僕にはどうやってもわからないので、裏側に岩がある可能性に賭けました。

ここまでで約30秒は立ったでしょうか。
浮かび上がれない以上、多くの時間は残されていません。
チャンスは何度あるかわかりません。
それでもとにかく生き残るためにもがこうと決めていました。

水泳を習っていたことを前述しましたが、ここでも水泳教室のおかげで助かりました。
飛び込み台を使わせてもらえない頃や背泳の時にやっていた、壁を蹴ってロケットスタートする方法です。
足の力で飛び出すと「ビュンッ」と力強く前に進むことができます。
「滝の裏の岩を蹴とばすことで、ここから抜け出せないか?」

しかし、体が回転している僕は何度蹴っても空ぶってしまいうまくいきません。
それどころか手足が伸びっ切ったところに岩が直撃して痛みが走ります。
それでもやるしかない僕は何度も何度も蹴り続けました。

幸いにも1分たたないうちに狙い通り岩を蹴ることができ、「ビュンッ」と勢いよく進むことができ、滝から抜け出せました。
考える時間も、行動できる時間も限られていて、地味にとんでもなく危なかったです。

滝は1メートルほどの小さな滝でした。
しかし、このような小さな段差こそ気を付けなければなりません。
川では小さな高低差の場所で洗濯機の中で回されるように抜け出せなくなって溺れる事故が良く起こるをそうです。
一か八かになりますが、万が一回転から抜け出せなくなったときは破れかぶれでも壁を蹴るように動いてみてください。

精も根も尽き果て、先の見通せない川に流されながら先へ先へと進みました。
すると急に開けた場所に出て、そこには河原が広がっていました。
川幅もそこまで広くなく、もしかしたら岸まで泳げるかもと思える場所でした。
すると目に入ったのが、3歳くらいの子供とお母さんが河原で水遊びをしていました。

川に流されてから二度目の人との出会いです。
「3歳くらいの子供が遊べるということは、あの辺りは流れが穏やかなのでは?」
僕は、この期に及んで余計なことを考えてしまいました。
「3歳の子の前で溺れているのを見られるのは恥ずかしいな」
そう思い、その親子の前を通り過ぎ、かなり離れてから河原の終わりぎりぎりのところで横に泳ぎ岸を目指しました。

ここまでで体力と気力はぎりぎりでした。
最後の力を振り絞って泳ぎました。
さっきの親子のいた場所と比べると川幅も広くなってしまい、流れも速い場所まで来てしまいました。
それでもなんとか岸にたどり着くことができました。

僕はとうとうこの困難に打ち勝ちました!

喜ぶ元気もなく、しばらく動けず河原で休んでいると、さっきいた親子が近づいて来ました。
「君、大丈夫?」
「もしかして川に流されてきたの?」
僕はうなずきました。
「君、どこから来たの?」
僕は答えることができませんでした。

なぜなら、僕はこの場所がどこかもわからないし、先生の家がどこなのかも知らないのです。
おまけに引っ越したばかりで、自宅の住所も電話番号も覚えていませんでした。
覚えていたのは前の家の住所と電話番号で、これを言ってもそこにはもう誰もいません。

「住所言える?」
「電話番号は?」
ちゃんと聞いてくれました。
でも答えられませんでした。

「送ってあげようか?」
親切に心配してくれました。
でも僕は断りました。
僕は、「どこから来たのかわかりません。でも、川の上まで歩いて帰ってみます。」
そう答えると心配そうに受け入れてくれました。
まさかここまで流されてきているとは思ってもみなかったでしょう。

そしてここから元の場所まで戻る旅が始まるのです。

つづく

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