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山はアタックするものではない

ほんの少しの晴れ間だった。

この山行で訪れたワンチャンス。

山荘の小窓から差し込む光を確認した私は、夕食を食べたばかりにも関わらず、慌てて狭い廊下を駆け出した。

登山靴を突っ掛け、干していたモンベル社製のゴアテックスのジャケットを掴み、無我夢中で外へ飛び出した。

それまで雲で隠れていた槍の穂先が、西日を受けながらしっかりと姿を現していた。

顔を出した穂先に気付いた人たちが、ここぞとばかりに写真を撮りに出てきている。

しかし、向こうから迫ってくる鉛灰色の雲が不気味で、皆登ることには躊躇していた。

登るなら今しかないと思い、すぐに岩場に取り付いた。

いつもは順番待ちで時間のかかるルートだが、幸いこのタイミングで登ろうとしている人は、ほとんどいない。

身体が軽かった。

重力を受けずに空へ駆け上がっているような感覚の中、15分足らずで槍の頂上に着いた。

最後の梯子を登り終えると、眼前に薄紫に染まった尾根の連なりが広がっていた。

この縦走の集大成、3,180mのゴールだ。

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後続の人に数枚写真を撮ってもらい、すぐに下山。

降りきったところで、不意に涙腺が緩み、岩陰に身を隠し独り泣いた。

安堵と充実感に満たされ、心底嬉しかった。

振り返って見ると、幾人かが張りついた穂先を、薄黒い雲が見る間に飲み込んでいった。

感慨は一気に冷め、灰色のベールに覆われた人々の身を案じた。


その日私は、バケツをひっくり返した様な雨の中、槍ヶ岳山荘に着いた。

北アルプスに入ってすでに5日目。

初めての本格的な縦走登山。

初めて登る3,000m級の本格的な岩稜に毎日緊張しながら、25kgのザックを背負って、なんとかここまで辿り着いたのである。

5日前、私はずっと憧れていた上高地に降り立った。

2年前に札幌岳で出会ったおじさんから聞いた、あの「キタアルプス」に来たのだ。

興奮していた。

そんな中、有名な前穂高岳の急登「重太郎新道」で早速消耗し、ふらふらになりながらもなんとか奥穂高岳(標高3,190m)に登頂。

途中知り合った、お兄さん2人と声を交わしながら奥穂高のテント場へ。

その夜、テントでくつろいでいると、昼間のお兄さんが缶ビールを片手に「一緒に飲もうよ」と声をかけてくれた。

お言葉に甘え、晩酌のお伴をする。

一人は長野の安曇野にある林檎農園の原口さん、もう一人は東京で美容師をしている西澤さん。

二人とも地元は長野とのこと。

北アルプスに迷い込み、辺りをキョロキョロしながら、へっぴり腰で歩く子羊をほっておけなかったのだろう。

「どこから来たの」

北海道からです、縦走して槍まで行きます!

「わざわざ、北海道から。すごいね」

など言われ、一端の登山家になったつもりの私。

高山で摂取したアルコールは予想以上に体内を巡り、疲労との相乗効果で酩酊状態に。

登山家どころか、茹で上がったタコである。

そんな私を見る2人の眼差しは温かかった。

その後も、この2人との交流は続き、原口さんの実家、須磨農園には4度もお邪魔し、原口夫妻とは蝶ヶ岳(2,664m)にも登った。

西澤さんの美容室で髪も切ってもらった。

山での出会い、確実に私の財産になっている。


この縦走で、初めて「難所」にも挑戦した。

それは、日本屈指の難所と言われている「大キレット」。

大キレットは、南岳と北穂高岳の間にあるV字状に切れ込んだ岩稜帯である。

この縦走ルートは、痩せた岩稜が連続し、長谷川ピークや飛騨泣きといった難所が点在していることから、国内の一般登山ルートとしては、今なお最高難度のルートの一つとして恐れられている。

私は北穂発、南岳行のルートで大キレットに挑んだ。

前日、大キレットから滑落し亡くなった女性がいるとの情報を聞いたので、緊張していた。

北穂からの大キレットは、飛騨泣きからA沢のコルに下り、長谷川ピークから南岳小屋を目指す。

一歩足を踏み外すと、まさに「皆さんさようなら」的な細い岩稜を行く。

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基本的には、危険な箇所にハシゴ、鎖、そして鉄の足場が打ち込まれているため、そこまで恐怖を感じることはなかったが、時折吹く突風に、背中のザックが煽られ、そのつど冷や汗をかいた。

確かに危険、落ちたらただでは済まない、だけど楽しい。

こんな感覚もまた、初めてだった。

大人のアスレチックジムで遊んでいるような感覚だろうか。

恐怖しながらも、ワクワクしていた。

大キレットは、私にとって山の魅力を広げてくれる場所だった。

そして、こんな場所に登山者の安全のために足場を作った真の山男たちの苦労を想った。


この縦走を通して、学んだことがある。

それまで私は登山という行為を、山に対する「攻撃」や「征服」だと考えていた。

読んだどの本にも書かれていた「山頂へアタック」という言葉の通り、攻撃をかけ山頂に立ち、一瞬間ではあるが自然との闘いに勝利することこそ、登山の醍醐味だと考えていた。

しかし、実際に登っているとき、私はこの考えにいつも違和感を持っていた。

感覚的に何かが違う、と。

そして、ザック一つで大自然に身を委ねた、この縦走において、違和感は決定的なものとなった。

私の登山への考え方は別にあると、はっきり気付いた。

私の山登りは、やはり「征服」ではなかった。

では、登山という行為は何か。

非常に感覚的な話になってしまうが、山の大自然の息吹を五つの感覚で感じとり、同じように呼吸をしていると、いつしか自分も自然の一部になっているような、そんな感覚が私の登山だ。

山に抱かれ、山を感じ、山と生きる、それこそが私にとっての登山の醍醐味であり、楽しさであることに気付いた。


北アルプスへは、山登りに対する意識の変化と、アイデンティティの確立を私にもたらしてくれた。

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