しお部

院在学中に在家から出家得度(寺無し)、院放校のすえ特養で介護(介護福祉士)を5年。続い…

しお部

院在学中に在家から出家得度(寺無し)、院放校のすえ特養で介護(介護福祉士)を5年。続いて研究所研究員を3年。地方議員1期で4年。現在、療養中・錯乱中・はじめてのチュウ。 以上。しお部 敬具

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「あじさいのオマージュ」

『あじさいのオマージュ』(全29話終了) 「地回りの破落戸(ごろつき)、共白髪(ともしらが)の夜盗(やとう)が、裏で小童(こわっぱ)に作らせた慈悲の光をばら売りしているが、神童の美少年、而(しか)して童蒙(どうもう)で遅進児(ちしんじ)、母に抱かれて袖を絞ってばかりいる。生活も極貧、辞(ことば)も貧しかった。」(第21話「自光(なみだ)」 27「街路」 28「命者(みょうじゃ)」←NEW 29「帰道(きどう)」←NEW 擱筆 「幻音の暴流、耳にとどまらず、変華の色、目

    • ☆【障害者雇用における「除外率制度」について】

      ☆ 以前、「障がい者雇用」に関して国の行政機関等での恣意的で杜撰な水増しの発覚と、これに対する対応が報道を賑わせたことを覚えている方もいらっしゃるでしょう。 障がい者雇用に本来、当てはまらない職員を算入するのはもってのほかですが、いまだ残る【除外率制度】にも問題があるのではないでしょうか。 この「除外率制度」とは、特定の職種に従事する職員数については、法定障害者雇用率の算定において母数となる全職員数から前以て差し引いて(除外して)もよいというものです。 つまり除外率が高けれ

      • かえるちゃん。

        noteに再ログイン出来るようになったのですが、以前何を書いていたのか判らないので。

        • あっ!復活できた!!

          最近、noteで言いたいことを言っていたらログイン出来なくなったのですが、どうも復活出来ましたよ。 しお部

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        「あじさいのオマージュ」

          「ふるさと納税」について

          最近、また「ふるさと納税」と「地方交付税制度」を比較しての発言をネットで見ます。従来の地方交付税交付金に問題がなかった分けではないことは分かりますが、それを「ふるさと納税」と関連させるのはどうかな、と思います。卑見にすぎませんが。 「ふるさと納税」(2009年度制度創設)は、「納税」とはいっていますが税金(納税)ではなく「特定寄付金」(7種あってそれぞれ算出方法が違う)です。 第一、納税と違い国民の義務ではなく任意で行なうものです。 他の特定寄付金とは、 住民税の所得割額

          「ふるさと納税」について

          『入れ替わり立ち替わり、変わらない』

          ☆『入れ替わり立ち替わり、変わらない』 (更新です!) 「それを母が、私の声と分かっただろうか・・・「鏡」とはなにか」 31「はみ出すものと奥深く」 32「身体の桎梏と殻の呪縛」 33「最後の講習」 34「講習のあと」←NEW 縦書き↓ https://pdfnovels.net/n8868gl/main.pdf 横書き↓ https://ncode.syosetu.com/n8868gl/

          『入れ替わり立ち替わり、変わらない』

          『地球全体会議ーもっこ25』

          ☆『地球全体会議-もっこ25』☆ (更新しました) 「はい、もしもし。何ですか。いまごはん食べているので後にして・・・」 1「モグラのはったん」 2「三鷹横断ウルトラ・クイズ事件」 3「西東京ディズニーランド」 4「地面三郎オンステージ」 5「多摩の浦サマーナイト」 6「フランキー・バオバオの帰還」 7「凱旋パレードへ」 8「お帰りなさい・セレモニー」 9「フランキー・バオバオ副議長になる」←NEW (まだ続くよ) https://ncode.syosetu.com/n

          『地球全体会議ーもっこ25』

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          『日本の詩101年(1890~1990』(新潮社、1990年<平成2年>)2

          『日本の詩101年(1890~1990』(新潮社、1990年<平成2年>)2

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          『新潮11月号臨時増刊 日本の詩101年』1990年(平成2年)

          1990年(平成2年)に新潮社から刊行された『新潮11月号臨時増刊 日本の詩101年』と題された詞華集がありました。 1890年から1990年まで1年1作を原則に纏められた詩のアンソロジーです。ページが外れボロボロになるほど、繰り返し繰り返し読んだ記憶があります。森鴎外から稲川方人の「2000光年のコノテーション」まで収められています。 いま泣きながら読んでいます。やはり凄いなとしか言いようがない。 森鴎外「青邱子」、山田美妙「こどもを咏じた西人の句をはじめに用ゐこどもと

          『新潮11月号臨時増刊 日本の詩101年』1990年(平成2年)

          ずっと捨てずに持っていた詩集

          先日、本の整理をしていたら書棚の奧の奧で1冊の詩集を見つけた。文庫本だ。奥書に「1985年初版発行」とある。綺麗なカバーがつけられていた。 何のことはない、それは谷川俊太郎の『朝のかたち』だった。中学の頃に購入したものだ。何度も何度も繰り返し読んだことを覚えている。とても綺麗で純粋で、優しい詩だな、というのがその頃の私の幼い感想だったと思う。おそらく『萩原朔太郎詩集』の次に手にした本格的な詩集だろう。 明日で50歳になる。35年間、ずっと同じカバーをつけたまま、ときに忘れ

          ずっと捨てずに持っていた詩集

          「敗残者たち」(旧「柿太郎さんの蚤退治」タイトルを変更しました!

          【タイトル変更】 ☆『敗残者たち(旧柿太郎さんの蚤退治)』 第27話「キチガイ・ピジョー、ビンボー・ピジョー」 第28話「ピジョー、ピジョー」 第29話「蟹、ピジョーの最後を背負う」 第30話「ピジョーの地」 第31話「北野の要塞」 第32話「 柿太郎、暴れる」 第33話「枝子の涙」 第34話 「おばあさんの独自調査」 第35話 「命の羅針盤」 第36話 「柿太郎の誤解」 第37話 「ピジョーの「しお」」 第38話 「公開裁判」 第39話 「アヒル防衛大臣」

          「敗残者たち」(旧「柿太郎さんの蚤退治」タイトルを変更しました!

          「自助・共助・公助そして絆」について

           菅さんは「自助・共助・公助そして絆」を自政権の政策全般にわたる柱にしようとしているようだ。  まず、なにより政策の柱として「自助・共助・公助」とセットで使われているが、「自助、共助」は倫理、道徳の領域に属す概念、或いは行動規範であって、政策領域の概念ではない。国政権政府が政策にこの言葉を持ち込むこと自体が間違っている。まして公助を後回しにして国民に先ず、自助、共助を求めるなどとは国家の責任放棄だと思う。    この「自助・共助・公助」という姿勢は社会福祉の分野で使われ始

          「自助・共助・公助そして絆」について

          使い方が分からないことが多い

          アンパン兄ちゃん、note始めたけど使い方がよく分からないよ。 そうだ、ぜんぜんだ、キティ坊。

          使い方が分からないことが多い

          「入れ替わり立ち替わり、変わらない」(更新しました!)

          ☆『入れ替わり立ち替わり、変わらない』 (更新です!) 「それを母が、私の声と分かっただろうか・・「鏡」とはなにか」 27「作り物のすべてと「方法の放棄」」 28「誰かの独白」 29「何かの独白」←NEW 30「縁起の光」←NEW 縦書き↓ https://pdfnovels.net/n8868gl/main.pdf 横書き↓ https://ncode.syosetu.com/n8868gl/

          「入れ替わり立ち替わり、変わらない」(更新しました!)

          小説の紹介!

          ☆「あじさいのオマージュ」 24「可惜」 25「外道」 26「今際(いまわ)」 27「街路」←NEW 「幻音の暴流、耳にとどまらず、変華の色、目にとどまらずして、染め上げるのみ、その模様」 https://ncode.syosetu.com/n4834gh/ #narou #narouN4834GH 縦書き↓ https://pdfnovels.net/n4834gh/main.pdf ☆「柿太郎さんの蚤退治」 32「柿太郎、暴れる」 33「枝子の涙」 34「おばあ

          小説の紹介!

          『一体性幻想批判』雑感2

          <事前確認と見立て> 「道元の一体性幻想批判1―道元の特異性、超脱性と道元解釈史における経豪思想の呪縛、その一体的把握について」  先ず確認しなければならないことは、管見によると数多い道元の著述の中でも、道元自身による「一体」という語の使用は、七十五巻本『正法眼蔵』にはなく、次のように、十二巻本『正法眼蔵』「帰依仏法僧宝」巻(また、道元に帰される『仏祖正伝菩薩戒教授戒文』<同6,212p>。道元のものでないとするとこの例は消える)で「一体三宝」をあげている箇所にとどまるとい

          『一体性幻想批判』雑感2