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いつかお別れする日のために、写真を撮るということ。

大事な人とお別れをしなくてはいけないとして、どんなことを思い出すのかなと、ふと考えた。

きっと思い出すのは、ふざけあった瞬間とか、散歩しながら綺麗な夕陽に出会った瞬間とか、寝顔がおもしろかった瞬間とか、日常の何気ないことだ。

でも、僕はそれらのほとんどを忘れてしまってる。

人の顕在化した意識なんてのは1割程度で、無意識、つまり言葉になっていない意識が9割らしい。言葉になってないことは簡単に忘れる。僕は忘れっぽいので、たぶん99%忘れてる。なにしろiPhoneがこわれて、1年くらいの写真がバッサリ消えてしまったのだ。

いや、そうでなくても、ふだん写真を撮る習慣はなかった。そりゃ、綺麗な景色や美味しそうな料理は撮るけれど。もっと日常の何気ない瞬間を撮る、ということはしてない。

なんてこった。もっと写真を撮っていればよかった……。


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写真家の奥山由之さんは、never young beach 『お別れの歌』のMVで、僕らの9割を占める無意識の記憶を意識的に映像にしたらしい。



やばいぜこれ。泣いちゃうぜ。

奥山由之さんはこのMVをつくるにあたって、多くの人のスマホに残っているパートナーとの画像や映像を見せてもらったそうだ。

すると、共通点が浮かび上がってくる。
「どうでもいい場面を撮ってる」
「映像としては無駄なシーンが多い」
「写っている恋人は、悲しい表情やシリアスな表情ではなく、楽しそうに笑ってる」
「距離感がとても近い」
などなど。(参考:『SWITCH Vol.37 No.3 特集 奥山由之』35頁)

たしかに自分のスマホを見返しても、そんな写真ばかり。
無意識に、何気なく撮って、撮ったことも次の日には忘れてしまうそんな写真たちが、あるタイミングで見返すと、過去の無意識との回路がつながって、感情が発露する。

この映像が胸をぎゅっと締め付けるのは、そんな無意識の引き出しを開ける作業を疑似体験できるから、なのだと思う。



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言語化できないもののなかに、かけがえのない“なにか”がある。

その“なにか”があるからこそ、僕たちはあとになって、「あぁ、こんな瞬間があったな」と思い出して、自分の生を抱きしめられる。特に、誰かとお別れしたときに、その人と生きた生を抱きしめられる。

“なにか”を無理に言語化しようとしてしまうと、かけられた魔法がとかれてしまう。いつか「あぁ、あの瞬間はこれこれこういう理由でしあわせだったんだな」なんて、言葉で説明できる日が来るかもしれない。けど、魔法は自然に解けるものであって、自分からとくのはもったいないことだと思う。

僕はキャリアカウンセリングやインタビューをしながら、無意識を言語化する作業をしてきた。でも、今はその暴力性も感じてる(もちろん意義も感じつつ)。殻のなかでひとつの命が目覚める時を待ってじっと眠っているのに、その卵の殻を割ってしまうような暴力性。

言葉にならない“なにか”を、言葉にならないままとどめておく。そのことが、自分が誰かと生きたその時間のゆたかさをゆたかなままにとどめておくことなんじゃないか、と思う。ひょっとしたら食材が発酵するみたいに、時間が経つにつれてよりふかい味わいが出るかもしれない。


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言葉にならない“なにか”を、言葉にならないままとどめておく媒体として、写真と映像といった視覚表現の可能性を感じてる。

ドキュメンタリー映画監督の想田和弘さんの次の言葉は、まさに、という感じだ。

ドキュメンタリー作家の重要な役割のひとつは、人生のなかで出くわした人々や生きとし生けるもの、事物と共有した唯一無二の時間を映画的記憶に収め、『彼らが確かにそこにいた』ということの『目撃者=ウィットネス』になるということなのかもしれない。
想田和弘『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』194頁


僕も、「彼らが確かにそこにいた」ということの「目撃者=ウィットネス」になりたいのかもしれない。

いや、正確に言えば、「僕らが確かにそこにいた」ということの「共演者」? 自分とその人が共有する時間を残したい、という気持ちがある。ここら辺はまだうまく説明できないけど。

最近写真を撮ることに惹かれるのも、まさに、刻々と過ぎていくかけがえのない時間を記憶にとどめておきたいからだ。いつか、僕がその人とお別れしなきゃいけないときのためにも。


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逆説的にだけど、写真という表現方法について深く考えることは、言葉という表現方法の輪郭も際立たせてくれると思ってる。

ナイフとフォークみたいに、ふたつがそろうことで、それぞれがより機能して、「生きる」という営みを美味しくいただける。そんな気がしてる。



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