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ヘーラルト・トホーフトという天才

前回、主役と親交がある批判的な物理学者で「ヘーラルト・トホーフト」を脇役扱いで紹介しました。

が、物理の世界では、贔屓目に見ても脇役どころか主役級の貢献をしています。今回は、トホーフト氏の主な業績を紹介したいと思います。(タイトル画像は下記Wikiより引用)

トホーフト氏の業績を話すには、素粒子物理の標準模型が確立するまでの流れから触れる必要があります。

話を分かりやすくするために、やや順番を変えて紹介します。

以前にファインマンの伝記で、ライバルのゲル-マンが提唱した陽子・中性子の中でクォーク(&それをつなげるグルーオン)が実験で見つかった話をしました。これは1968年の出来事です。

このクォークは、陽子/中性子内では自由に動き回っていることが実験で分かったのですが、なぜ閉じ込められて出てこないのか、という謎がありました。 

この閉じ込めるミステリーな力が、電磁気力よりはるかに大きいことから「強い力」(強い相互作用)と呼ばれます。

そしてもう1つ、原子核の崩壊(ベータ崩壊)時に作用する「弱い力」(これも上記と同じ名前の由来で、弱い相互作用とも)があります。


これら2つの謎は難問で、当時多くの天才が色々な技法で挑んだもののうまくいきませんでした。

まず「強い力」についてです。

これを説明するために、一般相対性理論と電磁気理論の対称性を拡張させた「ゲージ理論」をもとにした「量子色力学(QCD:Quantum Color Dynmics」という理論が考案されました。

ざっくりいうと、クォーク間をつなぐ力の媒介者(糊を意味するグルーオン)がその性質(3種類の色で表現)を変えつつ対称性を保つ、というものです。ポイントはやはり「対称性」ですね。

ただ、これにも厄介な課題が残り、どうしてもその計算が無限大に発散してしまうのです。そういった背景もあり、このアプローチは、素粒子物理全体の中では傍流でした。

それでもあきらめなかった研究者の一人がマルティヌス・ベルトマンで、そこに朝永振一郎が過去に成功した「繰り込み理論」を応用しました。

そんな激動のさなか、ベルトマンの研究室に博士課程(当時22歳)で入ってきて、手を挙げたのがトホーフト氏です。

トホーフト本人曰く、指導教官ベルトマン氏からは難しい研究テーマだからやめた方がいいよと忠告されても、自分の意思を貫いたそうです。(さらっと書きましたが、研究者人生のはじめの一歩で、普通はまず業績を出しやすいテーマから入るのが常識です。すごい勇気だと思います)

結果として、トホーフト氏は、当時権威と言われる研究者たちすら否定的だった繰り込み理論による難解な計算を成功させます。

これで結果として「強い力」の構造がある程度解明されることになります。

が、実は当人はそこまでこれに言及した論文を出さず、他の研究者が同じ計算を実現して先に発表してしまいます。
どうも、この件はもう一歩先まで踏み込まないと価値がない、とベルトマンとの会話で踏みとどまったようで、少々価値の優先順位にギャップがあったようですね。もったいないです・・・。

むしろ彼らは「弱い力」への関心が高かったようです。こちらも当時の経緯をやや遡って説明します。

まず、考え方は「強い力」と似ていて、力を媒介する素粒子(上記で言うグルーオン)がクォークを変化させるというものです。

「強い力」は、それを量子色力学で対称性を維持したまま証明出来ましたが、「弱い力」はそれすら崩れてしまうのが難点でした。

さらにもう1つの悩みがありました。

理論の前提となるゲージ理論の計算だと質量がゼロになる仮想粒子が必要になってしまい、近距離しか力が作用しない現実と矛盾してしまいます。(電磁気力は質量ゼロの光子が仲介してるので遠距離まで作用)

そこに颯爽と風穴を開けたのが、「自発的な対象性の破れ」を提唱した南部陽一郎です。

ざっくりいえば、初めは対称だった(ヒッグズ場)けどそれが現実世界では自発的に崩れてしまうんだよ、というアイデアです。

やや込み入った話なので、それ以上は過去の投稿引用にとどめておきます。

このアイデアをもとに、スィーブン・ワインバーグアブドゥス・サラムたちが弱い力と電磁気力を統合する「電弱統一理論」を1961年に発表します。

が、当時はあまり注目されませんでした。

実はその理論でも、強い力と同じように「繰り込み計算」という難題が残っていました。

と、ここまで書くと想像つくと思いますが、それを解いたのがトホーフト氏です。
これにより電弱統一理論はリアリティをもって注目され、さらには無事ヒッグス場も検証され、重力以外の3つの力を説明する「素粒子の標準模型」へと繋がっていきます。

と、このように3つの力の重要な局面に全てトホーフト氏はユニークな発想力と計算力で貢献しているわけです。

実は残りの「重力」についても素晴らしい業績を残していますが、一旦はここまでにしておきます。

「強い力」は論文として出さなかったものの、「弱い力」の業績は高く評価され、ベルツマンと共同で1999年にノーベル賞を受賞します。

もう少し詳しく知りたい方は、下記のノーベル財団公式サイトの解説がお勧めです。(毎年ですがこの説明文は秀逸です)

参考までに、本文引用以外で主に参考にした下記書籍も超お勧めします。



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