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ファインマンの人生と科学4

ノーベル物理学賞受賞者ファインマンの話を続けます。

前回は、専門の素粒子物理に重力まで広げようとチャレンジした話をしました。

今回は、「コンピュータ科学」の分野に対してファインマンが関係した話を中心にお届けします。

まず、「物理学者のファインマンがなぜ?」と思うかもしれませんが、専門である素粒子物理では、複雑な計算を必要とするので、ある意味コンピュータは必要です。

ただ、ファインマンのアプローチはやはり独特で、「計算の可能性」を追及しました。「未来のコンピュータ」を構想したともいえます。

「計算の可能性」といってもピンとこないと思います。

砕いた表現に言い換えると、大きくは下記に大別できます。

1.いかに小さなサイズで計算できるのか?
2.いかに効率的に計算できるのか?

1ですが、実は1959年のカルテック(カリフォルニア工科大学の略称。教授として勤務)での講演で、面白い挑戦を焚きつけています。

丁度このころは、DNAの二重らせん構造が発見され、生物の仕組みが分子レベルで解明されだしたころです。

そんな時代背景を受けてファインマンは、コンピュータが分子・原子レベルまで縮小出来るという、今のナノテクノロジーを予見する話をします。

その中で、この新分野を盛り上げるために、下記2つをそれぞれ初めて成し遂げた人に1000ドルの賞金をだすと宣言します。

1)外部制御可能な10立方mmの電気モータを作製
2)本の1ページを、2万5千分の1にしてコピー(例えると、針頭に大英百科事典24巻を書き込む規模)

1)は1年後にカルテック卒業生が実現しましたが、2)は1985年(26年後!)にやっと実現します。

そしてこれをきっかけに、ナノテク分野に貢献した研究者を称えるフォーサイトファインマン賞がはじまり、今でも続いています。

そして1980年代には、ミクロな世界で通用する量子力学の原理を使ったコンピュータのアイデアを提示します。(こちらで1981年の論文を公開)

前回重力の講義録を紹介しましたが、同じように1983年から行ったコンピュータ科学の講義録も書籍となっています。

その中で「量子力学的コンピュータ」の章を用意して、その計算方法を量子の性格を踏まえて提示しています。

まさに、今の量子コンピュータのパイオニアといえるでしょう。

次に、
「2.いかに効率的に計算できるのか?」
です。

これは、計算するための最小限のエネルギーを探求することを指し、物理の熱力学に関係します。

計算には、「可逆計算」という考え方があり、思い切ってシンプルに定義すると、出力をみれば入力をみれる計算、ということです。
例えば、「NOT(文字通り入力を否定するルール)」という演算回路は可逆計算です。出力の反対が入力ですね。
一方「AND(全ての入力が1だったら出力が1。それ以外は0)」は可逆ではありません。出力が「0」のとき、入力が複数であればどれが0かが完全に特定できません。

コンピュータ科学はシャロンが創った情報理論からなり、それによると情報量は熱力学のエントロピーに例えられます。

ちょっと小難しくなりそうなので、端折って結論だけ書くと、
「情報が失われるときにエネルギーが発生します」

ということは、可逆計算は情報が保存されるためエネルギーを失わないことを意味し、そこから可逆コンピュータのアイデアを上記の講義で膨らまします。

可逆計算は、ファインマンでなく1960年代に別の方が提唱した理論ですが、ファインマンはそれにとどまらず、「生体コンピュータ」のアイデアまで膨らまします。

ここはファインマンの面目躍如です。

ざっくりいうと、遺伝を継承するDNA(を構成する4塩基の組み合わせ変換)からたんぱく質を形成するメカニズムを参考にして省エネのコンピュータが実現できるのではないか、ということです。

上記の2つに関連する講義は下記書籍でも収録されており、お勧めです。

どの分野においても、ファインマンは「創造性」を大事にしており、例えば未来のコンピュータ(いかに小さく・エコに)を構想するときには、まずは(論文を漁るのではなく)自分で考えて、可能なら創ってみることを重視しています。

この考え方をよく表しているのが、下記の彼の言葉です。

"What I can,t create, I do not understand"(作れないものはわからない)

ファインマン語録

今、「合成生物学」の分野が注目されていますが、この言葉をしてファインマンを合成生物学のムーブメントを起こしたと見られることもあります。

今回取り上げたケースのように、ファインマンは、専門で培った物事を本質的に探究して実証を繰り返す、というアプローチを他の分野にも展開します。
今回のナノテク(生物学の応用含む)・量子コンピュータはその代表的な分野です。

次回は、ファインマン最後の仕事について触れますが、それは意外なことに純粋な自然科学ではない領域です。

彼の科学的な、そして人としての生き方が凝縮された話です。

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