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【書評】西山隆行『移民大国アメリカ』--近代国家の次

 ちょっとメキシコに行ったことがある。観光バスに乗ってサンディエゴから南へ向かい、国境を越え、ほとんど形だけの入国手続きがあってメキシコのティファナに入った。
 道は埃っぽくて、車は紫色の排気ガスを上げまくっていた。国境の北と南はかなりの別世界で、こんなに近くてこんなに違う、というのは素朴に驚いてしまう。
 国境地帯はかなり幅の広い無人地帯になっていて、当時もすでに高いフェンスがあった。西山隆行の本書には、合法不法問わず、なぜこんなにもたくさんのメキシコ人がアメリカに入ってくるのか、という視点がある。
 メキシコから見れば、国内で失業者でいられるより、アメリカに行ってくれる方が社会不安もなくなる。しかも、一生懸命働いてドルを送ってくれるのでメキシコの収入にもなるというわけだ。すなわち、アメリカに出稼ぎに行くのはメキシコにとって基本的に良いことしかない。だったら行くよね、というのがこの本の出発点で、そこら辺から色々な内容が書いてある。
 トランプがメキシコとの国境に壁を作るなんて言う前から、国境地帯のほとんどにフェンスが張り巡らされていた、とか、不法移民であっても中等教育まではアメリカで受ける権利がある、とか、あるいは19世紀にはそもそも国籍など関係なく選挙でも投票できた、とか、今まであまり知らなかった話がいっぱい載っている。
 アメリカで不法移民を批判している人は、実は中南米系へのヘイトスピーチとしてそういうことを言っているのだ、という裏の事情も初めて知った。
 アメリカとメキシコの間でこれだけ経済格差があり、もっと言ってしまえばカリフォルニアなどの西の方の州は元々メキシコ領だったということもあるのだから、不法移民をゼロにするのは不可能だ、ということがいろんな角度からよくわかる。
 だとしたら国境がきちんとしていて、国家が人の出入りを管理する近代国家という枠組み自体を考え直す必要があるのかもしれない。それがどういう形になるのかはよくわからないけれど。

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