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哀れなるものたち 受け継がれる母と娘の意思

 『哀れなるものたち』は、多くの人が語っているように、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を骨子にした作品だ。さらに、『フランケンシュタイン』の作者であるメアリ・シェリーやその母であるメアリ・ウルストンクラフトの人生を重ね合わせて、という複雑なレイヤーを持った構成になっていて、原作者アラスター・グレイは間違いなくメアリの母娘のことを書いているだろうし、ヨルゴス・ランティモスも、いまこの時代にこの作品、ということで意識しているように思える。

 自分はフェミニズム史には明るくはないが、『哀れなるものたち』の散りばめられたメアリ母娘の遺伝子を挙げてみる。

  • メアリ・シェリーの母、メアリ・ウルストンクラフトはパリに渡る。ベラも同様にパリに行き着く。

  • メアリ・ウルストンクラフトはロンドンの橋からテムズ川へ投身自殺するも救助される。

  • メアリ・ウルストンクラフトの父は家父長制の権化のような人物で、家族に暴力をふるっていた。後半に登場する父/夫と重なる。

  • ベラはフランケンシュタイン博士の怪物と同様に、生まれたあとに書物などから知識をすごいスピードで吸収する。(ベラが読んでいる本はミルトンの『失楽園』ではないかと邪推するが、どうだろう。ちなみにメアリ・ウルストンクラフトは『失楽園』を批判している)

  • ウルストンクラフトはクレアという老牧師から知識や教養を与えられ、ファニーという同世代の親友がいる。ベラが出会った船上で本を勧める老婆やパリで出会った友人と重なる。

  • メアリ・シェリーは夫であるパーシー・シェリーと駆け落ちしている。

  • メアリ・シェリーの結婚前の名前はゴドウィン。

  • フランケンシュタイン博士の名前はヴィクター・フランケンシュタイン。女性形にするとヴィクトリア。(ベラの母の名前)

 もっとある気もするけど……こんなところかな。

 メアリ・ウルストンクラフトは女性解放運動の先駆者たる存在で、フランス革命に影響され、自由を重んじ『女性の権利の擁護』などの著作を残している。女性の経済的・精神的自立、教育の重要性などを説き、女性を抑圧する男性中心社会を徹底的に攻撃している。ウルストンクラフトの思想が本作のストーリーの軸となり、娘メアリ・シェリーが書いた『フランケンシュタイン』と掛け合わせたのが『哀れなるものたち』なのである。ベラ自身が、母と娘を繋ぐ存在だし。いやー、すごい作りだ。

 また、ウルストンクラフトは当時のイギリスの政治について、議会や教会は腐敗していると厳しく批判している。彼女は一貫して、社会的弱者にも自由・平等の権利を、と主張する。夫となるアナキストのウィリアム・ゴドウィンと惹かれ合うのも頷けますな。

 ちなみに、夫がアナキストで、妻が女性解放運動家の作家というカップルが、かつて日本にもいた。大杉栄と伊藤野枝だ。時代と国を超えた、数奇なめぐり合わせとでも言おうか……これってすごいことだよなぁ。

 ウルストンクラフトが生きた時代から200年以上経っているけれど、果たして、社会は良くなっているのだろうか。今をきちんと考えるために、過去に抑圧に苦しみながら書き残してくれた本を読み、そしてその精神を受け継いだ作品を見ることはとても大事なことだと、僕は思う。

 余談だけど、『フランケンシュタイン』の影響下にある作品は何があるかなーと考えていて、ふと気づいた。『アンパンマン』ってフランケンシュタインの怪物じゃないか? いやまさかそんな……。でもなんかアンパンマンを見る目が変わってしまうなぁ。


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