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短編小説♯5 なんでなの?

なんで電車を止めないのかな。

つり革を掴むことも戸惑う日が来るくらい、世界は変化した。マスクは必須、アルコールに負けて荒れる指、あったとしても透明な敷居で間に壁を作って、今ではお酒の提供もできなくて、私のアルバイト先は案の定休業になってしまった。

電車に揺られて隣の人の肩が当たる。

こういうのは濃厚接触って言わないのかな。

車内のニュースはオリンピックをやるのかやらないのかと毎日毎日言い争い、そしてこの大人たちは誰もやらないと言えないんだなってわかって私はイヤホンをつけた。

流れてくる曲は何も変わらない。あの頃のまま私の体の中に響き渡るこの曲だけは、変わってほしくない。

通り過ぎた駅を見てあーここでよく降りてたなって。冬に別れた彼氏のことをふと思う。別れを決めて最後に会って、最後に抱き合って、ドロドロな気持ちをお互い見せ合って別れた。

最後に抱かれる時、頭の中で、性のソーシャルディスタンスはしなくていいのかと想像したら笑えてきた。そしてその笑顔を彼は可愛いと言っていた。

イヤホンから流れていた曲のことを忘れ、少し前のどうしようもない過去を思い出す。全部世界のせいだねって、今思うとなんて都合のいいことを言っていたのだろう。

ねえ。教えて。電車でこれだけ距離が近いことは許されてるのに、みんなで食事をすることはダメなの?なんでこの鉄の塊は動き続けること、みんな気にならないの。
ねえ。教えて。どうして私たちはあんなに近かったのに、今は遠いの。なんであの時私たちはわかれるいがいのせんたくをとれなかったの。

ねえ、誰か教えてよ。誰がこの世を狂わせたの。

駅に着いたはずなのに電車の扉が開かない。なんでだろう。イヤホンをしていて私は何も気づいてなかった。

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