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ねこの日ショートショート

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2月22日のねこの日にちなんだ、猫にまつわるショートショートまとめです。
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記事一覧

ねこ吸い~ねこの日ショートショート

最近流行りの『ねこ吸い』を堪能すべく、売り出し中の和ねこカフェに来た。 「いらっしゃいませ。どちらでお出しにしましょう?」 割烹着の店員さんが畳席にお品書きを広げてくれる。基本の柄だけで20種類以上、どれも美味しそうだ。 「うーん。白、黒、茶トラ……やっぱり三毛で」 「三毛一杯ですね。ただ今ひいて参りますので、少々お待ちください」 流行っているだけあって、店内はねこ吸いを楽しむお客で満員だ。 「にゃ~ん」 「ふにゅ~」 「ぐるるる……」 客達のとろけそうな声に期待を膨らま

鍵猫ホームズ~ねこの日ショートショート

猫のかぎしっぽは福招きだが、うちの猫は謎招きらしい。 ボブテイル・キャット。鉤爪の様に曲がった短い尻尾の猫で、その曲がった先に幸運を引っ掛けて運ぶと言われる。 しかしうちのワトソンときたら、かぎはかぎでも錠前に差し込む方なのだ。複雑怪奇にひねくれたギザギザのしっぽをアンテナに、とがった毛先で絶えず事件の気配を追っている。 浮気調査、失踪、窃盗事件に暴力抗争。人の手に負えない難事件も自慢の鍵しっぽをひとひねり、猫なで声と必殺猫パンチで解決に導くワトソンは、我が鍵猫ホームズ探偵

家猫軒、本日も営業中につき~ねこの日ショートショート

「こちら、本日のスペシャルでございます」 とばかりにコックさんが差し出したのは、ある意味夏の終わりの風物詩、路上のミンミン蝉だった。 朝採れほやほやで活きの良い蝉は、コックさんが咥えた口を離した途端、バタバタ悲鳴を上げて飛んで行った。 「ありがとう、ごちそうさま」 一応合掌して礼を述べる。コックさんは長い尻尾でお辞儀をし、満足げにニャアと鳴いた。 家猫が飼い主に獲物を持ち帰る事はままあるが、我が家のコックさんにとって、それは腕によりをかけたご馳走なのだった。 白い毛皮の、頭

切符切り絵~ねこの日ショートショート

「またたび駅へようこそ!」 歯切れの良い掛け声と、パチンと響く爪の音。渡世線またたび駅には、脚絆に三度笠で切符を切る名物駅長がいる。 駅名で察しがつく通り、齢三十年、三つ又尻尾の化け猫だが、名物なのは姿形ではない。白手袋ならぬ白靴下の猫肢が、パチンパチンと爪で切り取る切符窓。これが見事な切り絵になっている。 肉球一つの小さな窓に、ある時は満開の桜吹雪、ある時は紅葉の錦織りといった具合に、季節の風物を巧みに切る。客の行き先や旅の思い出をぴんと伸ばしたヒゲ先に感じ取り、即興で

白地図の猫~ねこの日ショートショート

「チョウの羽は宝の地図なんだ」 引っ越していった、友だちのハル君が残した言葉。小学生のアキトは、ある日ふしぎな黒猫もようのチョウを見つける。宝物を探そうと、猫チョウの後を追いかけたアキトが見たものは……

玉響の鈴~ねこの日ショートショート

 太陽にシャッターを切った時、りぃんと澄んだ音を聞くと、あぁ居るなと思う。  現像した写真に、目には見えなかった光の玉が映っている。オーブ、あるいは玉響現象。空中の微粒子、もしくはカメラの内部で光が反射しただけの光学現象。理屈で説明はつくけど、この音は違うんだ。  ころんと丸い光が、よく見ると鈴の形をしている。  りぃん、ちりん、りりぃぃん。連続写真を転がっていく光の鈴を、決まって追い掛ける雲がいる。  結ぶ度に引っかき落として、前肢で弾くのが好きだった。  ねぇタマ。そこ

よもぎみち~ねこの日ショートショート

 散歩中、車道沿いの原っぱに、緑のふかふかが絨毯を広げたのを、ふと踏んでみたくなったのです。  いつものセメント側溝は、昼の陽気がぬくぬくと、そりゃあ渡り良い場所ですけれど、明日もその明日も、そのまた明日も逃げやしません。  緑のふかふかは、じきにぼうぼう伸びるか、人に刈られて土になる。今が踏み時と見た私は、側溝の細路をしゃなりと降り、自慢の白靴下を品良く上げて、ふかふかの中でもふかふかした、若い緑へ乗せました。  柔らかそうなふかふかの、中は思いの外ごわごわと、枯れ草も混

宇宙猫・襲来!?~ねこの日ショートショート

 牧場の牛に異変が起き、宇宙『猫』の仕業ではと騒がれている、という噂を聞き、UFO愛好家の僕は、喜び勇んで、アメリカはカリフォルニア州へ飛んだ。  現地に着くと、牧場は家族連れで賑わい、お祭りムードだった。宇宙の侵略を予感させるものも、同好の士らしき姿も見られず、平和な休日以外の何ものでもない。  下手くそな英語で牧場主に尋ねると、はにかんだ笑みを浮かべ、くだんの牛の所へ案内してくれた。 『Cat’s Le Mutilation』  手書き看板の先、のんびり草を食むホルス

ケトル・シー~ねこの日ショートショート

 雑貨屋で良いケトルを買ったので、早速お茶を淹れる事にした。  黒いホーローの、ころんと丸いフォルム。優雅な取っ手。注ぎ口は懐かしの笛付き。蓋に金のつまみが乗っている。  蛇口から水を注ぐと、手応えがおかしい。身震いしそうというか、とにかく嫌がっている感触だ。  不良品?と思いながらも、火に掛けた途端。 「ニギャッ」  笛が鳴った。  いや鳴いた。鳴いた上、ガス台から宙返りして流しに着地するなり、中の水を震い出した。 「フーッ!!」  威嚇している。どう見ても猫だ。取っ手は

Château de botté~長靴の城~ねこの日ショートショート

 カラバ侯爵は、弱り果てておりました。  彼が爵位を継いだのは十日前。粉挽きに拾われた三男坊が、『貴方は侯爵様の落し胤です』と告げられ、見知らぬ土地へ連行されたのです。  偏屈な独り者の侯爵が急逝し、借金まみれの城と、頼りない家来と、広大な荒れ地と飢えた農民と――つまり貧乏籤を引かされたのでした。  まだ十八の若造に何が出来るでしょう。元の生活の方が、粉があるだけ良かった。パンも並ばぬ食卓と、家から履いてきた長靴を眺め、溜息を吐いておりますと、 「侯爵様。門に旅人が」  捨

たくらだ・ファミリア~ねこの日ショートショート

 宝田君ちは、便利屋だ。  家の掃除、買い物、犬の散歩。電話一本で駆け付けて、仕事を代わりにやってくれる。 『たくらだ屋』が、宝田君ちの店の名前だ。名字の宝田と、『たくらだ猫の隣歩き』って言葉の合体らしい。自分ちのネズミは獲らずに、他の家のネズミを捕る猫。平たく言うと、間抜けとか、馬鹿って意味。それで、みんな宝田君を『たくらだ君』て呼んでた。  日直や、苦手な給食や、宿題や、何を頼んでも、宝田君は笑って引き受けた。ぼさぼさ頭で、鼻の頭にホコリ乗っけて、ゴミ箱と黒板消しと、クラ

猫の苗~ねこの日ショートショート

「坊主、良いものをやろう」  そう言って、植木屋さんが僕に苗をくれた。 「猫の苗だ。大事に育てれば、尻尾が生える」 「草から猫は生まれない」  言い返しながら、細い葉を見つめる。うちの団地はペット不可だ。 「猫の字は、けものへんに苗と書くだろう。これは万葉集にも登場する原種だぞ」  嘘だと思ったけど、僕は苗を持ち帰った。母さんにばれたら捨てられる。近所の公園に植えた。信じたわけじゃないけど、学校帰りに寄って世話をした。  一か月後、緑の間に銀の毛先が覗いた。  まさか本当だ

猫目爪~ねこの日ショートショート

 新(ニイ)は鳴かない猫でした。  元々、兄が助けた猫です。車道に飛び出し、庇った兄は即死でした。私が駆け付けた時、動かない兄の胸で、新は香箱を組んでいました。雪白の被毛に金の瞳の、とても美しい猫でした。  お葬式が済み、四十九日が過ぎても、飼い主らしき人は現れず、私は、新を兄の化身と思う事にしました。兄の他に、私には身寄りがありませんでした。  鳴かない猫と喋らない女。一人と一匹の生活は静かでした。新は特に懐くでなく、かと言って離れるでもなく、端然と私の傍にありました。