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猫の苗~ねこの日ショートショート

「坊主、良いものをやろう」
 そう言って、植木屋さんが僕に苗をくれた。
「猫の苗だ。大事に育てれば、尻尾が生える」
「草から猫は生まれない」
 言い返しながら、細い葉を見つめる。うちの団地はペット不可だ。
「猫の字は、けものへんに苗と書くだろう。これは万葉集にも登場する原種だぞ」
 嘘だと思ったけど、僕は苗を持ち帰った。母さんにばれたら捨てられる。近所の公園に植えた。信じたわけじゃないけど、学校帰りに寄って世話をした。

 一か月後、緑の間に銀の毛先が覗いた。
 まさか本当だったなんて。どう母さんを説得するか考えながら、公園に寄った。
 猫の苗があった所は、掘り返されて土になってた。

 わあわあ泣く僕を、植木屋さんは、車で川へ連れてってくれた。
 川原一面、銀の尻尾がぱたぱた揺れた。
「チガヤというんだ。もうすぐ風に乗って、命の旅に出る。……耳を澄ましてみろ」
 水音と風の中に、鳴き声が聞こえる気がした。