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【シナリオ】オーバーラン

  人 物

小道早苗(42)携帯販売員
小道沙織(62)主婦・早苗の義母
小道美紅(15)中学生・早苗の娘
澤田莉央(15)中学生・美紅の友達
惣菜屋のおばちゃん

お義父さん

  本 文

○野球場・外観

市民運動公園にある野球場。スタンドのネットには「全国中学生女子軟式野球大会・鳥原地区予選・決勝」と書かれた横断幕。「鳥原ガールズ」と「井伊マリーンズ」の試合中で、両者の横断幕も立派。両チームのスタンドは応援にきた生徒と保護者で熱狂中。

○野球場・スタンド

小道早苗(42)が最前列で応援中。「鳥原ガールズ」のロゴが入った赤い帽子を被り、二つのメガホンを叩いている。

早苗「美紅! 打てー!」

周囲の人も早苗に続いて声を上げる。

○野球場・バッターボックス

「鳥原ガールズ」の帽子とユニフォームに身を包んだ小道美紅(15)がバッターボックスで構えている。がっしりとした体つきで、短髪、肌は浅黒い。ユニフォームは土で派手に汚れている。
手の甲で鼻下の汗を拭う。

○野球場・スコアボード

センターの後ろに設置された大きなスコアボード。九回表で同点。鳥原ガールズが攻撃中。

○野球場・グラウンド

セカンドベースのランナーがゆっくりとリードを取る。
打席に立つ美紅を信頼の眼差しで見つめている。
敵チームのピッチャーが投球フォームを取り始める。

○野球場・ベンチ

「鳥原ガールズ」のベンチ。
五十歳くらいで渋い顔のコーチが腕を組んでいる。
声援を送るチームメート。

○野球場・スタンド

早苗は一歩前へ進み、両手でネットをつかむようにして、

早苗「いけー!」

○野球場・バッターボックス

美紅、振りかぶる。

○商店街(夕)

シャッターが点々とする古い商店街。
早苗が歩いている。
惣菜屋のおばちゃんが店の前の掃除をしている。早苗に気づいたようで、

おばちゃん「早苗さん、今日もコロッケとっといたよ」

早苗はゆっくりと振り返り、手で制して、

早苗「船子さん、申し訳ないけど、今日は寿司なので」

颯爽と去っていく早苗。

おばちゃん「あら、何かいいことあったのかしら〜?」

箒を振り上げて呼びかけるおばちゃん。
口角を上げる早苗。スキップする。

○小道家・リビング(夜)

広くはないが、綺麗な部屋。キッチンが隣接している。
低い机の上には空になった大きな寿司のプラスチックトレー、ビールの空き缶、散らばった割り箸、パックジュース等が所狭し。
小道沙織(62)は座布団の上に正座している。
美紅はソファーの上にだらしないポーズで爆睡中。
顔を真っ赤にした夫とお義父さんが肩を組んでいる。呆れ顔の早苗。

夫「んじゃあ俺、父さん付き添うで」
早苗「大丈夫?」
夫「大丈夫、大丈夫。すぐそこだし。……ほら父さん、そっちが右足、こっち左足、はい、はい」

夫とお義父さんはフラフラで玄関へ。

早苗「家、間違えないといいけど」
沙織「男どもは放っておきなさい」

沙織は食器を片付けようとしている。

早苗「お義母さん、いいですよ私やります」
沙織「あんたが早く片さないからでしょう。空っぽの皿を見るとウズウズするわ」
早苗「ご、ごめんなさい」

沙織は食器をキッチンへ持っていく。

×   ×   ×

キッチンの水切り台にはピカピカの皿が並ぶ。
リビングの低い机は片付いている。
早苗は布巾で机を拭いている。
美紅は相変わらずソファの上にだらしない姿勢で寝ている。
反対側のソファで沙織は緑茶を飲んでいる。

早苗「今日はありがとうございます。美紅も、喜んでますよ」
沙織「いい記念になったわね」
早苗「はい。今日の試合、鳥原高校の顧問も見に来てくれてたらしいんです」
沙織「……ちょっと待って、あんた、高校でも野球やらせるつもりなの?」
早苗「え? 何か、問題でも……」
沙織「大アリよ。中学に入る時だって、我慢したくらいなんだから」
早苗「え、でも、美紅はやりたいって言ってるんですよ」
沙織「あんな股開いて運動して、子供産めなくなったらどうするのよ」
早苗「関係ないと思うんですけど」
沙織「少しは女の子っぽいことさせないと。何かしらあの寝相は」
早苗「別に」
沙織「可愛い服でも買ってあげなさい」
早苗「ちょっと、やめてください」

沙織、ため息をついて立ち上がり、玄関の方へ歩き出す。
ついていく早苗。

沙織「とにかく、考え直してちょうだいね」

二人は玄関へはける。
美紅、ソファの上でうっすらと目を開ける。悲しそうな表情をする。

○土手道(夕)

右手には学校の校庭。男子野球部が練習中。左手には田んぼ。
野球着姿でバットの入ったケースを背負った美紅が自転車を押している。
隣を歩く澤田莉央(15)。制服姿で、髪型が凝っている。目元に少しだけラメがついている。美紅とは対照的に華奢。

美紅「莉央は高校も手芸部?」
莉央「あったりまえじゃん。お針は私の命だもん」

莉央のリュックでは小さなクマの人形が揺れている。

美紅「それ、可愛いね」
莉央「自信作。美紅も野球やるんでしょ」
美紅「……うん」
莉央「この前の決勝、すごかったよ」
美紅「ありがと」
莉央「てか、男子はこんな時間までやるんだね」
美紅「女子も六時まで練習させてほしいなぁ」

男子野球部はバッティング練習中。球がバンバン打ち上がる。

一際大きいスコーンという打撃音。一筋の打球が高いネットを超えて、美紅と莉央の頭上を超えていく。

莉央「うわ、すっごい」
美紅「東条くんだ……」

ボールは田んぼにボチョン。
グラウンドでは野球部男子たちがハイタッチをしたり、抱き合ったり。
美紅はその様子を眺める。

○小道家・庭(夜)

美紅が素振りをしている。
美紅はバットのグリップを離して、手をひらひらさせる。手のひらにはマメができている。バットのグリップもすり減っている。
携帯ショップの制服を着た早苗が家の門をくぐる。

早苗「美紅、こんな時間まで?」
美紅「お母さんこそ」

美紅はバットを構えて一振り。

早苗「頑張りすぎも良くないよ」

美紅はもう一振り。
早苗は微笑んでポストを開く。
中には広告に混じって、「服代・三万」と書かれた茶封筒。
早苗は眉を顰めて嫌な顔。

○スポーツ用品店

レジには、早苗と美紅と店員。
カウンターにはグローブとバッティンググローブ、グリップの張り替え。

美紅「ねぇ、本当にいいの? 高くない?」
早苗「いいのよ」
店員「二点で二万四千円になります」
早苗「現金で」

早苗はすごい気迫で一万円札を三枚、力強くトレーに置く。
店員は少しびっくり。

〈了〉

*   *   *

 作品をお読みいただきありがとうございます。鯉登氷瀑こいとひょうばくと申します。脚本家を目指して日々邁進中です。もしお話を気に入ってくださいましたら、スキやフォロー、サポート等していただけると嬉しいです!

 今回は、野球が好きな娘を応援する母親が主人公のお話。二人の歩む道を阻む姑との物語がサブプロットとして位置付けられております。チラッと出てきた東条くんとの色恋沙汰や莉央ちゃんの手芸コンクールなどが他のサブプロットになりそうだなぁ。

 承が書けない!!!!!!(心の叫び)

 ...…これが現在の課題です。いやはや、起承転結でどれが一番難しいといったら”承”に決まっているでしょう。主人公の旅路を邪魔するアレコレをふっかけて、ユニークな方法で乗り越えさせつつ、主人公の抱える問題を展開させていかなくてはいけない中盤は本当に大変。これだから長編が書けない。

 というわけで、今回から鯉登による”承”修行が始まります(今まではどちらかというと”起”修行でした)。当作品は親子の成長物語に立ち現れた中ボス「姑」に立ち向かうものになっています。最初は頑固で女子野球に否定的な「姑」もきっと親子の本気を実感ことでツンデレ的な応援要員になってくれる...…でしょう!

 タイトルについて。オーバーランとは本来立ち止まるべき位置を通り過ぎて走り続けることです。中学校の頃、私は野球をしていましたがオーバーランって結構勇気いるんですよね。せっかく塁に出たのにアウトになっちゃうかもしれない。早苗と美紅には勇んで駆け抜けてほしいものです。


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