見出し画像

東南角地、陽あたり良好

「本当にここを借ります?」と不動産屋さんも夫も私の顔を見たけれど、「ここがいい!」と私には迷いがなかった。閑静な住宅地にそこだけが雰囲気にそぐわない佇まいのその物件は、60坪程の土地はぐるりと木々に囲まれていて、2LDKの古くて小さな平屋建てで、とにかく家よりも庭の方が広い。しばらく空き家だったために、木々の枝葉も雑草も鬱蒼としていたし、室内もホコリまみれで壁紙も所々破れていた。

ここで、子育てをしたいと、木々に囲まれた広い庭が気に入ったので、お風呂の脱衣所がないのも、リビングに洗面台があるのも、リビングのドアがないのも、洗濯機は外置きなのも、工夫すれば絶対大丈夫と私らしくない前向きさで契約を進めた。出来るだけ長く住みたいと私が言うと、不動産屋さんはオーナーさんと話をして、水回りを全て新品に交換し、壁紙も張り替えて、脱衣所の代わりにカーテンレールを取り付けてくれた。自分たちで費用を出すからと、子どもたちのために広いウッドデッキを設置したら、山小屋風の外観になって、近所の人が驚いて見に来ていた。

私は妊娠中だったけれども、長男が幼稚園に行っている間に、キッチンにタイルを貼ったり、テレビ台を作ったり、ドライフラワーを作って壁を飾ったり、庭にレンガを並べて花壇や砂場を作ったり、夢中になって家を整えた。

ご近所は私の親世代の方々ばかりで、長年空き家だったところに私たちが住むことになって、安心したと温かく迎えてくださった。引っ越してきて4ヶ月後に次男が生まれて、その次男が6年生の修学旅行に行った晩に酷い雨漏りがして、修繕不可能のため退去するまでの12年間、ここで私の子育ては多くの人に支えられた。

東側の敷地の一角に6畳くらいの畑を作った。夏の野菜は家族では食べきれないくらい毎日収穫があるので、ご近所に配った。旅行に出掛けて留守にするときは、夏休みの期間滞在しているお隣のお宅のお孫さんが水を撒きに来てくれて、喜んで野菜を収穫して食べてくれて、トマトやきゅうり、ピーマン、なすを絵日記にしていた。

急に雨が振りだすと、「振ってきたよー」と誰かが必ず声を掛けてくれた。角地だったので、あちこちから声が掛かり、子どもたちと昼寝をしていた私は「はーい!助かりましたー」と、どこからの声かわからないので、空にありがとうを叫んだ。

近所にマクドナルドが出来たときは、7軒隣のおじいちゃんとおばあちゃんに息子たちを貸してくれないかと頼まれた。ハンバーガーを食べに行きたいが頼み方がわからない、老夫婦ふたりで行くのは照れ臭いから、とうちの息子たちは張り切ってお伴をして、ハッピーセットをご馳走になってきた。

3軒先の娘さんとお二人暮らしのご主人は、自分が鍵を持たずに買い物に行っている間に娘さんが鍵をかけて会社に行ってしまい、閉め出されてしまったので工具を貸してほしいとうちにやって来た。鍵を掛けていない台所の窓の格子を外すことにしたのだが、その作業が空き巣っぽいので、私と近所のおばあちゃんで、「あらあら閉め出されて大変だわ」とか「もう少しです、がんばれー」と世間に事情を広める役目を引き受けた。

長男は落ち着きがなくてマイペースで空気が読めなくて暴言を吐いたりはしゃぎすぎたり落ち込んだり、とにかく学校に私はよく呼び出されたので、その事情を知っている近所のおばちゃんたちは「がんばれー!負けるなー!行ってらっしゃい」と、次男を抱えて長男の学校に向かう私に声を掛けてくれた。「男の子は元気が一番!色々あっても大人になれば笑い話よ!」と大先輩母たちの応援は何よりも心強かった。

スイミングに通っているおばちゃんは、夏休みに孫をプールに連れていくから一緒に行こうと、うちの長男を誘ってくれた。元パイロットのおじちゃんご夫婦はご近所の方との飛行場見学に長男を連れて行ってくれた。学校でうまくいかない長男は、ご近所の大人に親しくしてもらって、お出掛けのルールを教わって、問題は山ほどあったけれど、愛情いっぱいに地域の人に育ててもらった子どもだ。

中学生になった長男は、友だちと庭でバーベキューをしたし、パソコンの分解もした。小学生の次男は友だちと木登りをしたし、セミ取りもした。彼らの友だちはうちに遊びに来ても、家にはあがらずにいつも庭に集まってゲームをしたり宿題をしたりおしゃべりをしたりしていた。トイレを使うときだけ「お邪魔しまーす」と靴を揃えて上がってきた。子どもたちが集まっていると、食べきれないお菓子があるからとご近所から差し入れを頂いた。いつも子どもたちの自転車が停められていたので、託児所とか塾と間違えて問い合わせを受けたこともある。

大雪のときには、私は日頃の感謝を込めて息子たちと近所の雪掻きをした。ご高齢の方のお宅、杖を使う方のお宅の前の道路をまずきれいにする。すると、「私はまだ若い方のチームに入りたいから雪掻きは任せろ」とシャベルを抱えて本格的な長靴で後から参加するご主人たち。たぶん、「この通りの雪掻きが一番早いわね」と差し入れのお茶を出して見守る奥様方。ご近所の犬たちと雪の山にダイブするうちの次男。運動会みたいな冬のイベントだった。

斜め向かいの老夫婦は、家を売却して老人ホームに転居されることになって、引き出物やお祝いで頂いた食器や傘や布団やポットやラグ、壁掛けや写真立てなどを貰って欲しいとうちに訪れた。あまりに大量なので、買い取ってくれるところがあることをお伝えしたのだけれど、その手間が辛くてしんどいし、捨てることも出来ないととても悩んでいらした。だったら遠慮せずに喜んで頂きますと全てを引き受けることにした。うちで使えるもの、開封したら破損したり汚れていたりして使えないもの、使えるけれどうちでは不要なものを、裏庭でこっそり分けてご近所の方々の協力で老夫婦には見つからないようにゴミ集積所に出したり、施設のバザーに出したりした。転居される日に皆さんでお見送りをしたら、「あとで考えたらあなたには悪いことをした、嫌な役を引き受けさせた、申し訳ない」と泣かれてしまった。でも引き受けてよかったと、今でもパイレックスのボウルセットでハンバーグを捏ねたり、お好み焼きの具を入れるときに、涙が止まらずに手を振ったあの日のことを思い出す。

大雨の被害を受けて酷い雨漏りのせいで急に退去することになり、引っ越しのご挨拶に行くと、どなたもうんと寂しがってくださり、子どもたちにとお餞別まで頂いた。大人ばかりの地域だったから、うちの子どもたちの「いってきます」と「ただいま」に声を掛けさせてもらえたこと、自転車に乗れるようになったとか、ランドセルを背負った、制服を着るようになった、と成長を楽しませてもらったとお礼を言われた。荷物を運び出したあとの家を確認に来た不動産屋さんは、「古い家も庭も手入れをして住んでいたことがわかるし、とても充実した時間がここに流れてきたことを感じられるから、家が喜んでいますね、僕からもお礼を申し上げます」と頭を下げてくださった。私たちはそこから1.8km離れた近所に引っ越しをした。

数ヵ月してあの家が取り壊されることを、近所の友だちが連絡をくれたので、最後の様子を私は見に行ってみた。すると、近所の人たちが先に来ていて「明るい家族だったよねえ」と話していた。「あの、来ちゃいました」と噂されている私が背後から声をかけると、驚いて振り返って、笑って、「家がなくなったって、いつでも、来ていいんだからね」と私の背中を優しく叩いてくれた。1.8km先にあるふるさとは、いつだってやさしくて、心強い。

#やさしさにふれて