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マネジメントの定義:Getting things done through othersの源流を訪ねて

日本でも世界でも、【マネジメントの定義】として広く知られている言葉があります。

【Getting things done through others.】
他人を使って、ものごとを成し遂げる事。

有名なこの定義ですが、メアリー・パーカー・フォレット(1865-1933)の言葉としてよく紹介されます。海外でも日本でも。

フォレットは、19世紀末に米国トップスクールを傑出した成績で卒業した当時屈指の才女でいらして、その後は行政やNPO組織のマネジメントに携わる傍ら、哲学と政治学分野の論文を発表したり、その知識や経験を元にコンサルティングや大学講義なども行っていました。

ドラッカーなど後世の研究者の思想にも大きな影響を与えたとされ、近年は「経営学の母」とも呼ばれる(らしい)。でも、フォレットの論文を読んだ人は、不思議と世界的に少ないようです。

なぜ、「世界的に少ない」などと、言い切れるのか。

フォレットの著作のどこにも、Getting things done through othersなんていう言葉は出てこないからです。

まあ私が読んだのは後世になって編纂されたエッセンス集だけなので、著作・論文をくまなく探せばあるのかもですけどね。少なくともそのエッセンス集には載らない程度には、”名言”とされるこの言葉は出てきません。

そしてまた、彼女の著作を読むほどに、これが彼女の言葉であるだろうかとの疑念が湧きます。彼女の思想は、Getting things done through othersとは真逆だからです。

彼女の思想の一端を紹介したいと思います。

"The leader guides the group,
(he/she) is at the same time guided by the group, and
(he/she) is always a part of the group."

(p.95. ()内は中川補筆)

"The power of leadership is the power of integrating.
This is the power which creates community."

(p.164)

彼女はそもそもマネジャーよりリーダーにこそ政治学的・哲学的関心がある。そして彼女が考えるリーダーのあるべき姿とは、「人々を使って成果を出す」存在ではなく、グループの一員としてメンバーの意志を統合し、コミュニティを作ることにあるとしているのです。

彼女は徹頭徹尾、人々にこそ心を寄せた。民主社会であるために、リーダーは一人一人の意志を大切にすべきであり、それを統合することを主たる役割とせよ、というのです。人々のための大きな器としてあれ、というリーダーシップ論ですね。

彼女は決して、マネジメントを「人々を使って何かを為す手段」とは考えない。人々には、意志がある(彼女はwill:意志という言葉を好んで使います)。それをひとつにまとめて、大きな社会的目標を共に達成する。リーダーは、そんなグループの一員、社会的機能に過ぎないのだと位置づける。

20世紀初頭に、これほどにリベラルな思想による組織運営の女性コンサルタント/学者が活躍していたことは、今日改めて注目すべきだと思います。

彼女の思想は確かにドラッカーや後進に受け継がれている。「個人の自由な意志の尊重」という側面に注目してドラッカーの「マネジメント」を読んでいくと、全く違うドラッカー理解にもなってくる。

たとえばMBO(Managing by objective)。組織”管理”の手法とされるこの理論ですが、改めてドラッカーの言葉を素直に読んでいけば、その基本的な精神は「個人個人が、自らのマネジャーになる」という組織の民主化の手法として提唱されていることがわかる。その文体や論理には確かにフォレットの影響が見て取れます。

ちなみに、調べた限りでは、Getting things done through othersの初出は1955年。これも経営管理初期の重鎮とされるクーンツによる「Principles of management」。この時代には既に経営学は「人を動かすための理論」となっていたようです。

そしてやがて、20世紀後半には、この言葉がマネジメントの定義として、疑われもしなくなっていきます。マネジメントは人々を動かす手段として教えられ、学ばれるものになっていく。

でも、そんな経営学の歴史の背後に、【個人の自由な意志が、組織目的に先んじる】―という裏糸が存在し、彼女からドラッカーへ、そしてその先へ…と繋がっていることは、大いに注目に値するでしょう。

裏糸だったそちら側の研究系譜の先端に、主体性だとか、キャリア自律だとか、自己決定理論、キャリアアンカー、ジョブクラフティング、越境学習などの、「個人」が主体となる現代のマネジメント理論が花開いているのです。

Getting things done through others.
これを大前提として思考を始めるまえに。

21世紀のマネジメントは、人が先となるのか、組織が先となるのか。この点から考え直し、再構築をしていく必要があるのではないか、と考えています。

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