
DX読書日記#7 『デジタル時代の人材マネジメント』 内藤琢磨
はじめに
前回読書日記#6に書きましたが、今回から数回、DX人材に関する本を読んでいこうと思います。
最初に選んだのは、野村総合研究所の「デジタル時代の人材マネジメント」(2020年)です。
説明は大変分かりやすく、200ページ程度の本ですが、デジタル時代の人材戦略について幅広く論点が整理されており、具体的な処方箋まで落とし込まれています。
最初のページから最後のページに至るまで、力強い論理展開とスピード感が心地よく、読後感は爽快です。
著者の内藤琢磨氏は野村総合研究所の組織・人事コンサルタントで、本書も主に人事部門向けとなります。
ただ、日本企業の根深い問題を正面から取り上げた本ですので、人事部門の方だけでなく、また、DXに興味のある方だけでなく、多くの方々に読んでいただきたい本となります。
本書の概要
著者によれば、過去、日本企業は、抜本的な人材マジメントモデル変革を繰り返し先延ばししてきました。
その結果、優秀人材の獲得とリテンションにおいて、グローバルITプラットフォーマーや国内スタートアップ企業に対して劣後することになり、
これは、グローバル競争において苦戦を強いられている日本企業の状況とも無縁ではないとしています。
デジタル人材獲得における高額報酬の提示や、デジタル化を主導するリーダー人材の育成体系やキャリアパスの見直し等、こうした最近の変化が、これまでの日本型人材マネジメントモデルに大きな変化を迫ることになり、
その意味で、デジタル時代の到来は、日本型人材マネジメントモデル変革の絶好の機会であり、今こそ、人事・人材問題を先送りしてきた過去の経営から決別すべきと主張します。
JUASとの共同調査「デジタル化の取り組みに関する調査」(2019年4月)の結果から、デジタルへの取り組みが、いまだに、新しいビジネスモデルの創造や抜本的な業務プロセス改革に繋がっていないとしています。
必要となる会社自体の再定義や、ITシステム基盤の老朽化・複雑化等の課題への解決に対して、組織とヒトが大きな抵抗勢力になっていることを原因と指摘します。
組織やヒトの抵抗に対しては、日本の多くの経営層はその構造を深く理解しようとせず、具体的に手立ても打とうとしないとし、「VUCA時代の経営管理に関するアンケート調査」(2019年6月)では、「リーダーシップの欠如」と「経営層の経験値の低さ」をデジタル化の足かせとする回答が全体の6割を超える結果となったことを紹介しています。
デジタル人材の確保が問題になっているのは、その人材確保の成否が企業の存亡に関わると多くの経営者が感じているからです。
人材戦略が事業戦略のみならず経営戦略そのものに位置づけられる時代が訪れているとしています。
一方、デジタル人材は、これまでゼネラリスト育成を目的としてきた日本型人材マネジメントモデルでは到底管理できないタイプの人材とのことです。
・デジタル人材は専門人材であり、ゼネラリスト型育成は不適合である
・デジタル人材には外部市場価値が存在するため、「長期決済型の賃金システム」は適用しにくい
・デジタル人材は会社都合で移動や職種変更できる「無制限社員」ではない
ここで主なデジタル人材として以下を挙げています。
主なデジタル人材
ビジネス系デジタル人材
・ビジネスデザイナー
・CX(UX)デザイナー
・データサイエンティスト
・ITアーキテクト
IT系デジタル人材
・プロジェクトマネージャー
・セキュリティーエンジニア
・アプリケーションエンジニア
・ITプラットフォームエンジニア
・データエンジニア
人材マネジメントモデルを類型化し、日本型、欧米型、それぞれ整理していますが、
人材マネジメントモデル = 前提とする人材流動性 × 報酬を払う対象
職能型人事制度(純日本型)
→ 低い人材流動性を前提 × ヒトの能力に報酬を払う
役割型人事制度(新日本型)
→ 低い人材流動性を前提 × 担当する職務に報酬を払う
職務型人事制度(欧米型)
→ 高い人材流動性を前提 × 担当する職務に報酬を払う
外資系企業の多くが職務型人事制度を採用する一方で、日本企業の多くが職能型人事制度を採用しているのは、職務型人事制度の特徴である出入りの激しい人材管理と日本特有の長期雇用がマッチしにくいためとしています。
ただ、ここ数年、デジタル人材に対する特別処遇の事例が出てきており、今後は、職種や業種により、年齢やキャリアに関係なく、スキルや職務に対して処遇する人材マネジメント手法が急速に広がるだろうと予想します。
しかし、デジタル人材の処遇の問題は多くの企業にとっての悩みです。
その問題が、非デジタル人材や従来からのIT人材との公平性やバランスの問題に直結するためです。
本書では、「外部市場価値連動型」職務給制度の導入を提案し、雇用形態も従来の無期雇用契約型だけでなく、有期雇用契約型や業務委託形態も含めた枠組みを紹介しています。
既存の人材を多く抱える企業の課題とアプローチ
■課題
少数のデジタル人材に対し、既存の人材が大多数を占めているため、一律に外部市場価値連動型の報酬制度へ移行することが難しい
デジタル人材(少数)
・社外市場価値連動型
・流動性が高く、即戦力となる
既存の人材(大多数)
・社内市場価値連動型
・長期勤続による成長を重視
■アプローチ
①有期雇用形態の活用
いわゆる正社員と雇用形態を分け、有期契約の社員として採用する
②職務給と能力給のハイブリッド型の報酬制度
能力によって変動する給与と、担う職務に応じて変動する給与とを組み合わせる
③出島組織における外部市場価値連動型の報酬制度
デジタル人材を受け入れる組織を子会社化し、自社の報酬体系を残したまま、市場連動型報酬制度を子会社社員のみ適用する
ここで、とりうるアプローチは、事業の状況により異なるとしています。
事業状況別のアプローチ
①デジタル事業の創業期
→デジタルによる、新たな事業の創出や既存事業の高度化を志向
→新たなビジネスモデルを構想できるデジタル人材の質的充実
→有期雇用形態の活用
②デジタル事業の成熟期
→デジタルによる新たなサービスをよりスケールされることを志向
→創出したデジタル事業のサービス品質を向上し、安定した運用ができる、デジタル人材の量的充実
→出島組織における外部市場価値連動型の報酬制度
③デジタル事業への全社移行期
→自社の非デジタル事業を縮小し、全社大でのデジタルシフトを志向
→全社改革を志向した、市場価値連動型の報酬う制度への線引きのない変革
→職務給と能力給のハイブリッド型の報酬制度
有期雇用形態については、有期終了時の無期転換への対応方針についても紹介しています。
有期雇用から無期転換への対応方針
■無期転換
①上限を追加
無期限雇用の給与テーブルの上限額を越えた部分に、有期雇用の上限までのテーブルを追加し、適用する
②別テーブル新設
優秀人材の給与幅をカバーでき、昇給額の変化幅を独自に設定した別テーブルを新設する
③水準引き下げ後に格付け
無期雇用の給与テーブルの中に納まるように、有期形態の社員の水準を引き下げた上で、格付けする
■業務委託
④雇用関係の解消
有期雇用期間と同程度以上の契約額を提示する(無期雇用の給与テーブルとは無関係とする)
以上は、デジタル人材獲得のための人事制度の話になりますが、
デジタルトランスフォーメーションの実現で必要なのはデジタル人材の獲得だけではありません。
JUASとの共同調査でのアンケートへの回答では、デジタルビジネスを推進するために必要な能力・スキルとして「事業企画力」と「改革推進力」が多く挙げらました。
「事業企画力」発揮のためにはデジタル人材(ビジネス系デジタル人材およびIT系デジタル人材)とビジネス人材の共創が必要です。
この共創を生むためには、ミドルリーダー(事業責任者)が必要で、さらに、ミドルリーダーは「改革推進力」も担う必要があるとしています。
また、ミドルリーダーだけでも、デジタルトランスフォーメーションは進められません。
社内の大多数のビジネス人材が変革の一翼を担えるよう、リテラシー向上やマインドチェンジが必要で、当然、企業トップの経営層も自らを変革しなければならないとします。
DXを実現する組織・人材戦略の3つのポイント
経営層 既存秩序を破壊し、自社を再定義できる人材の獲得
ミドルリーダー層 デジタルとビジネスを繋げるブリッジパーソンの獲得
組織風土 デジタルトランスフォーメーションの下地づくり
秩序破壊できる経営人材については、
デジタル時代に求められる経営人材は、この自社の再定義を躊躇なく行うことができ、その過程の中で自社に根付いてきた「既存秩序」を破壊できる人材である。
(中略)
自社の再定義は、「顧客の再定義」とも表現できる。
(中略)
顧客の様々な側面を見つめ、「生活者」として捉え、そこにまだ表面化してない「イシュー」を掘り起こすことが、デザインアプローチを使った自社の再定義のファーストステップである。
(中略)
CEOを他社から招聘するというのは日本企業にとってはハードルがやや高い。しかし、デジタル変革を担う経営人材を外部から招聘する例は、日本国内でも増えてきている。
(中略)
思い切った人事を行った背景には、デジタル時代に自社を再定義していく上では、既存ビジネスを創造的に破壊できるトップが必要という危機感があったのだと推察できる。
とのことです。また、
これまでとは異なる経営人材が必要となった場合には、今の若手・中堅世代をどう経営人材に育てていくかという育成方法も変革が必要になる。
として、サイバーエージェントの経営人材育成方法を紹介しています。
同社は創業約20年、社員約5000人、約8割が20~30代という若い会社です。
同社の代表的な人材育成施策に「新卒社長」と呼ばれる選抜人事があります。
入社間もない若手や内定者を、多数ある同社の子会社の社長に抜擢するという驚くべき施策です。
人事管理執行役員の石田裕子氏は、同社の経営人材育成の最も根幹にあるものは「リスクテイクできる人材を育てる」という価値観であると語っている。
(中略)
「ポジションが人を育てるという考え方が浸透している。満を持してというわけでなくとも、実力が伴っていなくとも、選抜機会を与えることで人は成長する。」と石田氏は語る。
(中略)
このような選抜人事を行う際には、各社員がどのような働きぶりをしていて、本人のチャレンジ意欲や現在の課題は何なのか、という情報を人事部門だけでなく経営層までもが把握しておく必要がある。
ミドルリーダー層の育成については、
ミドルリーダーの育成は時代を問わず、日本企業において常に人材テーマとして捉えられてきた。
(中略)
ミドルリーダーの育成を考える際には、ミドルリーダーの人材像および保有すべきスキルの定義を明確にする必要がある。
(中略)
将来の経営人材候補とも考えられるため、自社の目指すビジョンやミッション、中長期の経営戦略と、求められるミドルリーダーの人材像が連動していることが重要となる。
(中略)
その人材像が保有するスキルや経験を会得できるよう人材配置や機会付与の計画を立てていく。このような戦略的な人材開発は、タレントマネジメントと呼ばれている取り組みである。
(中略)
タレントマネジメントサイクルを回していくことで、「やりっぱなし」でない能力開発や機会付与が実現できる。
タレントマネジメントサイクル
A 人材の明確化
・経営人材基準での人材像の明確化
・経営人材に必要なスキル・経験の洗い出し
B ストレッチアサインメント
・明確なミッションを設定したローテーション
・担当業務内におけるストレッチ機会の付与
C 能力開発プログラム(Off-JT)
・普段の業務から離れ全社/事業課題について考える機会の創出
D 機会付与後のモニタリング
・ストレッチアサイン、Off-JT後の丁寧なモニタリング
とのことです。
その上で、デジタル時代のミドルリーダーに特に重要なスキルとして、以下の2つを挙げ、
・デジタル人材とビジネス人材をマネジメントできるスキル
・デジタルビジネス特有のスピード感をもって意思決定できるスキル
デジタルとビジネスを繋ぎ合わせビジネスを前に進められる人材を「ブリッジパーソン」と表現しています。
そして、その「ブリッジパーソン」の育成方法については、
「ブリッジパーソン」を育てるためには、実際にデジタルビジネスを率いる経験をさせることが一番の近道である。
しかし、大企業であればあるほど、自社内でそのような経験を十分に用意することは難しい。
そこでいくつかの企業が採用している手段が、スタートアップ企業へミドルリーダー層の人材を派遣し、そこで実際にデジタルビジネスを経験してもらうという方法である。
としています。
組織風土については、デジタルトランスフォーメーションの下地づくりとしての取り組みが必要とし、
特に年功序列的な組織では、既存事業を知り尽くし、昔ながらのやり方を正義とするベテランと、デジタルを教育され、デジタルでビジネスを作っていこうとする若手の間でコンフリクトが生まれることも不思議ではないだろう。
(中略)
コンフリクトはお互いを十分に理解しない、理解しようとしないことによる「無知」や「恐れ」から生まれる。
(中略)
社員の抱えるデジタルへの「恐れ」を取り除くためには、全社員に対して「デジタルを知る」機会を与えることが重要である。
年代・部門を越えてコンフリクトを解消していくことで、デジタルトランスフォーメーションを実行できる下地が整う。
また、
自社をデジタルで変革していくという観点でいえば、自社内に抱える多くの非デジタル人材に対するリスキルを含め、全社大での意識変革は避けて通れない。
(中略)
優秀な少数の人材を育成・獲得しても、大半の社員がデジタルに適用しない人材であっては、組織風土としてデジタルビジネスは生まれにくい。
デジタルトランスフォーメーションの下地づくりというのは、何よりもまず優先して実施すべき施策である。
とのことです。
最後に、人材戦略の策定から実行までのステップも示してくれています。
詳細は省きますが、とても実践的な内容となっています。
■フェーズ1 トップと役員層に焦点をあてる
ステップ1 トップが想いとコミットメントを持つ
トップが人材戦略に対して自身の想いを持ち、コミットメントを明確にする
ステップ2 役員層を全体最適視点へ転換する
役員層の視点を全体最適視点へ転換し対話をする
ステップ3 役員層でありたい姿を描く
役員層でポジティブアプローチにより、ありたい姿を描き、認識を合わせる
■フェーズ2 事業ごとの役員・現場管理職に焦点をあてる
ステップ4 現場MGを共鳴型で巻き込む
役員が自らの言葉で語り、対話をしながら共鳴型で現場MGを巻き込む
ステップ5 現場MGが双方向マネジメントへ転換する
現場MGがトップダウンではない双方向のマネジメントへ転換する
ステップ6 人事部門がエンゲージメントをモニタリングする
HRテックを活用し、エンゲージメントをモニタリング、高速でPDCAを回す
おわりに
私の経験上、野村総合研究所の本は基本的にハズレがありません。
それで今回もアマゾンで躊躇なく購入できました。
しかし、、期待を遥かに超える本でした!
論理展開に無理や無駄がなく、内容的にも、とても実践的と思いました。
著者の日々のコンサルティングの成果が詰め込まれているのでしょう。
多くの方々に是非お読みいただきたい一冊です!
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