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実証研究紹介19:協働の効果

このページでは私の専門分野を中心に、最近の社会科学の実証・理論研究結果を査読付きの国際学術誌から紹介していきます。日本での政策議論や論壇では、国際的な査読付き学術誌での研究があまり注目されていないと感じ実証研究紹介を始めました。これらの研究からは、直接的な解決策が見つからないかもしれませんが、問題や解決策を整理する上でのヒントや示唆は得られると思いますので、出来る範囲で紹介していくつもりです。詳細な内容や翻訳は時間の都合上難しいですが、この投稿が論文の存在を知るきっかけになれば嬉しいです。論文の提供はできませんが、ご興味があればご自身で入手していただければと思います。また、この投稿や他の関連する内容について詳しく知りたい方、一緒に実証研究を行いたい公的セクター、企業、非営利団体の方は、お気軽にご連絡ください。

今回のテーマは協働の効果です。日本の自治体の現場やマスコミ等でも「協働」という言葉が広く使われています(例:兵庫県庁HP)。日本語では「協働」と訳されていますが、英語ではCo-productionとして1970年代後半から1980年代にかけて使われ始めました。Co-productionはインディアナ大学の政治学者で、ノーベル経済学賞も受賞したエリノア・オストロム教授とビンセント・オストロム教授、同大学の政治理論と政策分析ワークショップの研究者グループによって提案され(Nabatchi et al. 2017)、国際的に注目を集めている考えです。

1980年代には多くの理論と実証研究が発表され注目されました。しかし、1990年代には新公共経営が流行。ビジネスアプローチによる公共経営への関心が高まる中で、Co-productionへの興味は低下しました。しかし、2000年代には経済・金融危機による公的セクターの財政難、新たな政策の実現手段としての住民協働への注目、ガバナンス概念の流行、ソーシャル・キャピタルの低下への懸念などが背景となり、再び政策実務者と研究者の間でCo-productionへの関心が高まっています。査読付き学術誌においても理論や実証研究が数多く蓄積されています(参照:実証研究紹介6)。筆者自身も日本の地域社会における高齢者の孤独対策に焦点を当て、協働の事例研究論文を執筆しています(Suzuki, Dollery, and Kortt 2021)。また、オランダ、英国、日本などを対象としたいくつかの研究も行われています。

協働(Co-production)の定義はいくつかありますが、一般的には公的な組織(例:地方公共団体や中央政府)と公共サービスの利用者(例:住民、サービス利用者、地域団体、民間事業者、組合などの公的セクター以外の個人や団体)が協力して公共サービスを提供することを指します(Levine & Fisher 1984; Brudney & England 1983; Ostrom 1996)。エリノア・オストロム教授によれば、協働は異なる組織に所属する人々が公共財や公共サービスを提供するために必要な資源(例:資金、労働力、アイデアなど)を提供する過程と定義されています (Ostrom 1996)。新公共経営が住民を公共サービスの消費者、受け身の存在とみなし、顧客満足度を重視した経営を目指したのに対し、協働の考え方では、公的セクター単体では公共サービスを効果的に提供することが難しいとの前提のもと、サービス利用者は積極的な役割を果たすことが出来るいう考えがあります。これに基づいて、日本全国で様々な地域で、公的セクターと住民や地域団体が協力して公共サービスを提供する取り組みが進んでいます。

広く使われるようになった「協働」の概念ですが、その具体的な活動や概念は規範的であり、達成すべきものという暗黙の前提が強く、協働が公共サービスの質向上や住民満足度の向上、財政の効率化にどのような効果をもたらしたのかについて、まだ十分な実証研究が行われていないのが実態です。例えば次のような指摘がされています。

  • "協働の実証的な裏付けや根拠はまだ充分に研究されていない"(Bonvaird & Loeffler 2021)

  • "ほとんどの協働のイニシアティブはまだ十分ではないエビデンスしか存在しない"。

  • "協働の短期、長期の効果を明らかにした実証研究は殆どないにもかかわらず、公的セクターでは協働が推進されている"(Brix et al. 2020、p.170)。

  • "協働の実証的な裏付けや根拠は十分ではない"(Nabatchi et al. 2017)。

つまり、日本でもEBPM(Evidence-Based Policy Making)という言葉が広く知られるようになりましたが、協働による効果やメリットについて、政策実務だけでなく学術的な実証研究においても、まだ具体的な答えが得られていないのが実情です。

協働の効果を評価する際の大きな課題は、住民サービスの効率化や財政の改善などのアウトカムをどう測定するかという点です。しかしこれだけでなく、協働は参加者だけでなく、関与する個人や団体、公的セクター、地域社会にも様々な副次的な効果をもたらすことがあり、これらを考慮して、協働の効果を総合的に評価、測定することが求められています(Brix et al. 2020)。例えば、Hjortskov et al.のデンマークの学校における移民としてデンマークに住む住民を対象としたフィールド実験では、子供の学校教育における協働を通じて、より積極的に社会や政治に関与するようになったとの結果が出ています。

Brix et al. 2020によると協働の効果は単なる公共サービスの効率向上や質の向上だけでなく、協働に参加した個人にとってポジティブな影響(例:幸福感の向上や自発的な行動の促進など)、公的セクターのイノベーション促進、地域社会での民主主義の具現化と強化(例:地域社会への市民の参加増加、公の担い手の育成)など、多岐にわたります。これらの側面を総合的に考慮し、具体的なアウトプットやアウトカム指標を検討することが必要です。

協働の効果に関して、現時点では査読誌上での実証研究が十分に蓄積されておらず、より総合的な評価の枠組みの必要性が指摘されています(Bonvaird & Loeffler 2021)。今後、新たな実証研究結果が積み重ねられていくことが期待されます。

紹介文献

Bovaird, T., & Loeffler, E. (2021). Developing evidence-based co-production: A research agenda. The Palgrave handbook of co-production of public services and outcomes, 693-713. (link)

Brix, J., Krogstrup, H. K., & Mortensen, N. M. (2020). Evaluating the outcomes of co-production in local government. Local Government Studies, 46(2), 169-185. (link)

Hjortskov, M., Andersen, S. C., & Jakobsen, M. (2018). Encouraging political voices of underrepresented citizens through coproduction: Evidence from a randomized field trial. American Journal of Political Science, 62(3), 597-609. (link)

Nabatchi, T., Sancino, A., & Sicilia, M. (2017). Varieties of participation in public services: The who, when, and what of coproduction. Public Administration Review, 77(5), 766-776. (link)

Ostrom, E. (1996). Crossing the great divide: coproduction, synergy, and development. World Development, 24(6), 1073-1087. (link)

Suzuki, K., Dollery, B. E., & Kortt, M. A. (2021). Addressing loneliness and social isolation amongst elderly people through local co-production in Japan. Social Policy & Administration, 55(4), 674-686. (link)



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