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濃厚で、精緻な人物研究『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』

『The Darkest Hour』★★★・。(4ツ星満点中、3ツ星。)

ルール:「答え合わせ」は「作品」と「個人」を切り離します。話すのは前者についてのみ。後者への批判はしません。

2017年は偶然にも、ウィンストン・チャーチルにまつわる映画が立て続けに公開された。本作はもとより、クリストファー・ノーラン監督作『ダンケルク』や、ロネ・シェルフィグ監督作『人生はシネマティック!』もあった。歴史家と批評家陣から総スカンを食らった映画『Churchill(原題)』も、1944年6月のノルマンディー上陸作戦直前のチャーチルを題材にしている。ネットフリックスのオリジナル・ドラマ「ザ・クラウン」のシーズン1にも、戦後再び首相に就任したチャーチルが重要な役回りで登場する。業界には確かに、潮流というものがある。

本作は『博士と彼女のセオリー』の脚本家アンソニー・マクカーテンが執筆し、『プライドと偏見』『つぐない』のジョー・ライトが監督を手掛けた政治・戦争映画。第90回アカデミー賞では主演男優賞およびヘアスタイル&メイクアップ賞を受賞し、群を抜く評価を得ている。オスカー効果もあってか、アメリカ国内外で合わせて$146M弱(2018年4月2日時点)もの興行収入を上げている。重いドラマ作品としては数字も上々な映画だ。

[物語]

1940年5月。ヒトラー率いるナチスドイツはフランスを蹂躙し、イギリスをも毒牙にかけようと攻勢に出ていた。ネヴィル・チェンバレン(ロナルド・ピックアップ)は野党に戦時の失策を追求され、首相を引責辞任。挙国一致内閣の首相に着任することになったのは、主戦派の重鎮ウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)だった。イタリアのムッソリーニ政権を通して和睦を申し込むか、徹底的な抗戦を試みるか。逆風逆巻くイギリス国会で、チャーチルの孤軍奮闘が繰り広げられる。

[答え合わせ]

現代人が当然の事実として知る歴史に、精緻な光を当てる。『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』は、下ごしらえのしっかりしたステーキ料理を食しているようで、上品に濃い。

1940年5月からの1ヶ月あまりに絞られた時間軸のブックエンドは、チャーチルにとって象徴的な2本の演説が担う。前首相ネヴィル・チェンバレン以下、保守党の同門から批判を集めた「血、労苦、涙、そして汗(Blood, Toil, Tears and Sweat)」の首相就任演説が、5月13日。そして「我々は海岸でも戦い...(We Shall Fight on the Beaches)」の名句で知られる下院演説は、同年の6月4日。その間、ものの数週間。

事件は大きく3つある。ウィンストン・チャーチルの英国首相への就任。ダンケルクでの撤退作戦の創案と、成功。そしてイギリスの抗戦姿勢を強調する首相演説。これらを柱に、物語は展開する。

本作の魅力は、主軸がはっきりと主人公に寄り添っていることだ。

原題の通り、ナチスドイツとの戦いにおいて『最も見通しの暗かった』時期に、1人の人間の言動が我々の知る歴史の方向性を定めた。一国の、しかも民主主義国家の舵が、いかに個人の資質によって形成されうるか。本作はそのありさまにことさらな注目を寄せる。

老齢で舌も満足に回らない65歳の男を物語の中心に据え、その精神を体現できる俳優を配せたことこそ、本作の勝利だ。強硬に反ナチスを訴え、打倒ヒトラーを唱え続けてきた、頭脳と頑固さが取り柄の老人が国難を救う。構図は明快だ。

あとから考えれば簡単に「ナチスと和睦なんて」と言えるが、当時は最も現実的で協調路線だった政治家たちがこぞって和平を期待していた。モウロクしかけた大男が、あの手この手を尽くして歴史の向かう先を変えたことを描くのだから、切り口も力強い。

激昂した姿にむしろ事切れはしないかと案じてしまうようなキャラクターの肉体的な弱さと、精神的な強さと、知的なしたたかさ。合わせて、間の抜けた滑稽さも表現する。史実の重厚なバックドロップに、いびつな男を立体的に描いていることが、本作の絶対的な魅力だと言える。

* * *

さて、技術面は好みが分かれるところだろう。

フランス人撮影監督ブリュノ・デルボネルの画づくりは、厚塗りだ。いずれのシーンも、濃淡をはっきりと投影する油絵調。特に、冒頭で野党が前内閣に退陣を迫るシーンの照明とコンポジションは、群衆全体に焦点が合う19世紀の宗教画のよう。要所では計算されたパンで民衆をスローモーションで映し出したりと、完全なるスチル画の再現を目指しているかのようだ。日付変更のスーパーに付される効果音とも相まって、効果的だが少し大仰にも思える表現が目立つ。

脚本のアンソニー・マクカーテンによる作り込まれたドラマティゼーションも、評価が割れてもおかしくない。といっても、作中もっともインパクトあるシーンは、歴史の行間を埋めるフィクション部分にあった。公用車を飛び出し、地下鉄に乗り込んだチャーチルが庶民たちと会話を交わすシーンは、指導者としてのチャーチル像の人気ぶりを、物語にとって好ましい形で演出している。政治を描く映画にあって、個人の私的な描写が際立つから感情移入できる。これはクリエイティブの勝利かもしれない。

主演陣は、盤石だ。主演男優賞を受賞したゲイリー・オールドマンはもとより、妻クレメンティーンを演じるクリスティン・スコット・トーマス、非イギリス人ながら英国王ジョージ6世を手堅く演じたベン・メンデルソーン、その他ロナルド・ピックアップ、スティーブン・ディレインなど、イギリス映画やドラマにおなじみの俳優も勢揃いしている。

最後に、辻一弘チームによるメイクに触れない手はない。

特殊メイクをふんだんに利用した役作りが、各映画賞で評価される傾向は明白だ。『めぐりあう時間たち』のニコール・キッドマンや、『モンスター』のシャーリーズ・セロン、そして本作も、実在の人物に近い容貌をメイクで実現している。いずれの俳優たちも、その年のアカデミー賞を受賞した。

演じる役柄とは異なる顔立ちの俳優たちが、特殊メイクの「力を借りる」。だが、俳優本人の表現の幅は、大幅に制限されるものだ。そんなハンデをもってしても、印象深いパフォーマンスを披露する俳優たちが評価されている。

口元の動きが多少プロスセティックのそれに引きずられているようだとか、指摘できることはあるかもしれない。けれど、本作のチャーチルのパフォーマンスには大きな振れ幅と、深みと、そしてユーモアさえも見ることができる。同チームのオスカー受賞は、どんな角度から見ても自然な「仮面」を作り上げた成果だ。群を抜く、卓越したコラボレーションが生み出した結果だろう。

ウィンストン・チャーチルという鉄板の人物像を、魅力的に描くことに成功したドラマ。堅い印象は伴うが価値ある観賞体験を約束する一作。

[クレジット]

監督:ジョー・ライト
プロデュース:ティム・ビーヴァン、リサ・ブルース、エリック・フェルナー、アンソニー・マクカーテン、ダグラス・アーバンスキー、アンソニー・マクカーテン
脚本:アンソニー・マクカーテン
原作:N/A
撮影:ブリュノ・デルボネル
編集:ヴァレリオ・ボネッリ
音楽:ダリオ・マリアネッリ
出演:ゲイリー・オールドマン、ベン・メンデルソーン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、スティーヴン・ディレイン、ロナルド・ピックアップ
製作:ワンダ・ピクチャーズ、ワーキング・タイトル・フィルムズ
配給(米):フォーカス・フィーチャーズ
配給(日):ビターズ・エンド/パルコ
配給(他):N/A
尺:125分
ウェブサイト:http://www.churchill-movie.jp/

北米公開:2017年11月22日
日本公開:2018年3月30日

鑑賞日:2018年2月26日16:00〜
劇場:Los Feliz 3


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