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『リプリー』:古典原作の新解釈が不気味で笑えてオススメな件

『Ripley』第1-8話(2024年)★★★★。

IMDb | Rotten Tomatoes | Metacritic
公開日:2024年4月4日(Netflix / 全世界)


Netflixで4月4日から配信開始されたドラマ『リプリー』がイイ。

このご時世に白黒だし、アクション性もないので一見とっつきにくいかもしれない。でも近年でも出色のサスペンス・スリラーで、噛むほどに味わい深いスルメドラマ。原作や過去の映像化作品を知る者も、そうでない人も、一見の価値あり。

原作と映像化の背景

もともとはShowtime(パラマウント系列のケーブル局)で制作に漕ぎ着けたドラマだ。ShowtimeがParamount+と統合されるにあたり、前者のもとで開発されていたオリジナル作品が放出。行き場をなくしていた作品が、Netflixに配信の場を獲得した。

原作が映像化されるのは、これで3度目。1度目はルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演のフランス・イタリア合作『太陽がいっぱい』(1960)。

2度目はアンソニー・ミンゲラ監督、マット・デイモン主演の『リプリー』(1999)。

そして3度目の今回は『シンドラーのリスト』『レナードの朝』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『マネーボール』の脚本家スティーヴン・ザイリアンが全話を執筆、監督した8話構成のドラマ。

「リミテッド・シリーズ」と冠しているのは、パトリシア・ハイスミスの1955年刊行の原作『太陽がいっぱい(The Talented Mr. Ripley)』を8話分でカバーするから。

なおハイスミスが描く「トム・リプリー」の物語は本書だけでなく、ジョン・マルコビッチ主演で映画化された『アメリカの友人(Ripley's Game)』を含む、全5編ある。

その5編の映像化でシリーズが継続する可能性もあるそうだ。

物語/きっかけ

1950年代、ニューヨーク。小切手の請求詐欺などで日銭を稼ぐ小悪党、トム・リプリー(アダム・スコット)は私立探偵からの言伝に従い、造船業を営む経営者、グリーンリーフ氏と面会する。

彼の息子のリチャード・グリーンリーフ、愛称ディッキー(ジョニー・フリン)とリプリーが古い友人関係だと見込み、折り入っての依頼があると言うのだ。「イタリアへ行ったきり、アーティスト気取りで外遊生活を送るドラ息子に会い、実家へ帰らせるよう説得して欲しい」ー。

旅費に加えて給料も払うから、と言われ、断る理由もなく旅に出るリプリー。実のところディッキーと知り合いなのかどうかも怪しい男が、こうしてイタリアはサレルノ県の小さな海町、アトラーニへ出向くのであった。

今回の特徴

今作のキモは「泥臭さ」と「滑稽さ」、そして「美しさ」のバランスだ。

まずは脚本と、編集。詐欺、騙し、殺し、証拠の隠滅、捜査官との駆け引き。ほんの小さな嘘を吐くことに至るまで、リプリーが大小のよこしまな所業に手を染める際の労力と手間にたっぷりと時間を割く。人殺しや証拠隠滅は一見簡単なようでいて、とてつもなく面倒だ。そんな「泥臭い」所業を生々しく感じさせるペース配分と表現の妙が、第一の特徴。

次に、演出。不審な行動を見たときの他人の奇異の目、懐疑の視線、仕草への芸が細かい。カメラがそんな機微を確実に捉えていくのも、特徴のひとつ。多少聡いキャラクターならトム・リプリーを「どうも好きなれない感」を受け取る明確な描写と、そんなリプリーがソシオパスらしく不気味なリアクションで応じる様子を描く演出。そのたびについ吹き出してしまうような「滑稽さ」が垣間見えるのが、サスペンスとのコントラストになっている。

そして、撮影。イタリア各地のロケーションはもとより、フレームごとにきれいに整理された画作りが、いい。一見控えめかもしれないけれど、白黒なのにしっかり眩しさを感じるアトラーニの太陽や、屋内の濃い陰影が「美しい」。ついでに白黒であることで、血の鮮烈な赤が目立たないこともまた、殺しに無頓着なリプリーの性格を反映しているようで、また興味深い。

ついでに「音」にも注目できる。リプリーが眺める芸術品や建物、景色の数々には、背後からにじり寄ってくるような「音」が伴う。カラヴァッジョの絵画で描かれた裸婦の息遣いや首を斬られる男の苦悶、毎話で夢に見る海底のくぐもった水音、タバコの火がゆっくりと燃える、微かな音。これらが視覚だけでなく聴覚を刺激するから、見ていて飽きない。

これまでの映像化との比較

アダム・スコット演じる今作のトム・リプリーは鈍臭いソシオパスなのが特徴的。

若きアラン・ドロンに比べてセクシーさはないし、マット・デイモンのように理知的にも見えない。むしろコミュ障な小悪党ぶりが前面に出ていて、不気味で間が抜けているように見えるのがポイント。

汗ひとつかかずに殺しをやってのけるわけでは決してなく、「うっかり」証拠を残しかけて何度も引き返したり、考えた隠滅方法が浅はかだったり。バレずに生き残っているのは偶然か、ほぼ強運のおかげとしか思えないのが逆に生々しい。

アーティストを目指すディッキーが、誰が見ても才能に欠けるというアプローチも、ついつい笑ってしまう捻り。見目麗しいジュード・ロウでは絶対に成立させられない設定でユニークだし、賢い。

長所と短所

どの映像化にもサスペンスはあるのだけど、『リプリー』のサスペンスには過度な煌びやかさがない。「自分が間違って人を殺してしまったら」という心配事を実際に見届けているような気分になって、地味に心臓が痛くなる。終盤の8話は動悸が激しくなって、つらくなってしまった。いい意味で。

唯一惜しむらくはディッキーの恋人マージ(ダコタ・ファニング)の、今回の役回りだろうか。ほか二作のように「ただ騙されるだけの美しいヒロイン」でないのは良いけれど、爪痕を残すほどの立ち回りをするわけでもなく、無味乾燥な印象。

加えて、本来なら20代の若い男女であるはずのリプリーたちを、40代を超えるスコットらが演じているのも…気にはなる。なにせ20代で芸術家を目指して遊び歩いている原作の設定なら理解できる話もあるけれど、ディッキーも40代となるとよほどのダメ男に見えてしまって…。とはいえ、彼らで成立する演技の幅を思えば、納得するしかない。

上品なのに泥臭く、冷酷なのに笑わせてくれる、技術的にも芸術的にも優れたシリーズ。何度も映像化されるのも頷ける、スリル満点な原作。それぞれ好みのアプローチはあるだろうが、違いを楽しむのが吉。

推しても推しきれない。オススメ。

(鑑賞日:2024年4月14日 @自宅)

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