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建築家川添善行さんの東大での授業

東京大学では様々な建築家の授業を受けることができますが、中でも建築家の川添善行さんの授業が印象深く、ここでのインサイトは授業だけでなく様々な組織の設計に生かせる気がするので整理してみたいと思います。

川添さんの授業では、弁証法を用いて議論することが求められます。

弁証法とは簡単に言うと、二つの異なる概念をぶつけ合わせ発展させる考え方のこと。

①まず提示される課題図書の中からAという概念を選んでピックアップします。

②次に自分で本を選んできてその中からBという概念をピックアップします。

③これら二つの概念を「止揚」し、都市・建築の議論としてCという概念へと発展させていく。それらをレポートにまとめて提出し、授業で議論していくというフローで授業は組み立てられています。

提示される課題図書はおおむね古典で、川添さんいわく「僕と会話するうえでこのあたりの言語を獲得してくれるとスムーズ」な本たち。例えば山本学治の『歴史と風土の中で』や宇沢弘文の『社会的共通資本』、吉本隆明の『共同幻想論』など。川添さんの都市観や建築観を醸成するうえで重要な役割を担ってきた本たちなのだと思います。

まずは提示された難解な本をよみ、注目する概念をみつけます(ステップ1)。それに対して学生は自らのアンテナをフル動員してもう一つの概念を探してくるわけです(ステップ2)。

弁証法をうまく行うにはこの「対の概念」を選ぶセンスが重要で、ここをし損じると飛躍のないつまらない議論になりがちです。

この対になる概念では「自分なりのアンテナでつかまえてくること」がとても大事だと思います。課題図書の概念と似たようなものや、建築・景観論でしばしば議論される話題からテーマをピックアップしてくるのではなく、全然関係なさそうでもよいので自分なりのアンテナでしっかりと世界から概念を捕まえてくる必要があるのではないか、と。

僕が扱ったのは、ポール・クルーグマンやVR、プラットフォームビジネス、生命科学や量子力学などでした。建築とは無関係そうなものも多いです。

これらは僕が、建築で今後重要になる気がしているテーマです。これらがなぜ重要かは言語化できていませんが、なんとなく重要な気がしています。そうしたテーマは、若い人でも大人でも一つや二つはもっているはずだし、学生は学生なりの敏感な感度の中で、次世代に必要なテーマを自分の中にもっているのではないでしょうか。

そのような興味はいわば自分なりの新たな問題意識の萌芽で、都市に対する自分なりの視点の萌芽でもあるといえると思います。

こうした自分なりの視点や問題意識を、川添先生の抱えてきた問題意識とぶつけ、接続し、建築・都市の議論を発展させていくことができるわけで、つまりこの授業はいわば先生の抱えてきた問題意識(課題図書の概念など)と学生ならではの敏感な問題意識を止揚する未来への対話ともいえます。そこにこの授業の面白みがあるのです。

あまり建設的でない議論

多くの場面で、あまりにもありきたりで退屈な議論が展開されたり、新しいはずのアイディアが既存の議論との細かい比較で終わってしまうような、発展性に乏しいディスカッションに出会うことがあります。こうしたディスカッションは往々にして後味が悪く、事後の生産性すら下がります。

こうした議論の欠点は、論者が「自分なりの問題意識と既存の議論を接続することで新しい論点を提供するというチャレンジを行っていない」ということなのではないかなと考えています。

この授業のレポートと議論のプロセスの中で成長できる部分は「アンテナの醸成と、既存の議論と結び付けるチャレンジ」であるといえると思いますし、今回のような授業の設計がもっと世に広まりさまざまな物事の見方をする人が増えれば、社会のなかでの意思疎通や事業の推進において改善される部分も多いのではないかなと思います。

逆さ構図の議論

僕はこの弁証法の構図を、逆にしてみることも大事だと考えています。つまり、建築の問いに対して遠い場所から概念をぶつけ、建築の議論を発展させるのではなく、ITやモビリティや社会学などの領域で提示されるさまざまな問いに対して建築・都市的な観点での議論をぶつけ、建築以外の業界に対してユニークな観点を提供することが大事なのではないかと考えているのです。

そうすることで、建築家は他業界からすればユニークで発展性のある視点をもって他領域に進出していけるはずです。

例えばモビリティを考えるとき。自動運転によって運転席がいらなくなり、空間が自由になったとしましょう。そうした空間の用途にはさまざまな可能性があり、e-paletteをはじめ、様々な問いがたてられています。

建築を学んでいるならば、モビリティの空間に注目すれば「敷地と建築」の関係を想起することもできると思います。つまりモビリティの軌跡は、「リニアな敷地」としてとらえられる。こうした理解をふまえて、モビリティの「移動」に対して「敷地と建築」の文脈で語られる議論をぶつけ、モビリティ業界に対して解答していく。そうした構図で議論していくこともできると思うのです。

世界はますます複雑になり、どの業界も領域横断の総合芸術みたくなりつつあります。そうした時代だからこそ、細かく厳密な議論だけでなく、発展性のある議論を行うとともに、自分の軸足を突っ込んだ業界に貢献しつつ他業界にどんどん貢献していくことが重要なのではないかなと考えています。

そうした中で、川添さんの授業はとても大きなインサイトを与えてくれているし、こうした発展性のある建設的な議論が今後もっと広がっていけばいいなあと考えています。

最後に、僕が実際に授業の中で提出したレポートのうち「脱稿です」と川添さんからコメントしていただいた最後のレポートを公開してみます。

よろしければぜひご覧ください。


①まず課題図書が与えられます。
②課題図書のうちいくつかを読み、その中で提示されている概念をピックアップします。
③別の本から何かしらの概念を見つけてきます。
④課題図書のなかで見つけた概念と別の本から見つけてきた概念を比較・考察します。
⑤都市や建築につなげつつ新たな議論をしてレポートにまとめます。
⑥授業にてレポートをもとに議論します。







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