見出し画像

新たな出会いとともに、また屋台で瓶ビールを飲みたい話


私は現在、福岡県に住んでいます。

福岡といえば、『美味しい食べ物とお酒』

そのなかでも、『屋台での食事』は印象深い方も多いのではないでしょうか。


私自身、幼い時から、屋台の存在は認識していて、

「なんだか楽しそうだな。」
「お酒飲めるようになったら行ってみたいな。」

といった『屋台への憧れ』を抱いていました。


今日は、『ずっと憧れていた屋台での実体験』と『コロナ禍の今抱く、屋台への想い』について少しお話させてください。


幼い私にも屋台は充分魅力的だった


私は福岡生まれ福岡育ち。幼い時からとても近くに屋台という存在がありました。

一般的に屋台は、お酒を飲む方やお酒を飲んだ後の〆でラーメンを食べに来た方で賑わっている。だから未成年の私に居場所はないと当時思っていました。

「とても行く勇気はないけど、なんか楽しそうだな...。」

中高生の時に私はそんな思いを抱きながら屋台が連なる道を通り過ぎていました。

店主と仕事終わりのサラリーマンの楽し気な会話。
絶対美味しい焼きそばが作られる鉄板の音。
お腹を空かせる豚骨ラーメンのスープの匂い。

どれも私に『大人の博多』を想像させるものでした。

「俺もお酒を飲むようになったら屋台にいこう。」

そんな想いをそっと秘めたまま学生生活をおくりました。


大人になり、お酒を飲み始めた。初めての屋台。


今から約4年前、2016年秋。私は20歳となり、お酒を飲み始めた。

最初は苦さに圧倒されたビールもすぐに大好きになり、なんだか大人の仲間入りを果たした気になっていた。だからこそ、行きたい場所があった。


そう、『屋台』だ。


大人になり、お酒を飲むようになり、屋台に行く。これは自分にとって”答え合わせ”のようなものなのである。幼いころからずっと見てきた屋台に対して、幼いなりに想像を膨らませていた。その想像と現実を重ね合わせに行くのだ。想像通りでも嬉しいし、予想外の場所であっても楽しいだろう。


屋台の暖簾をくぐると、屋台の世界が広がっていた


勇気を振り絞って暖簾をくぐった。すると、店主が温かく迎えてくれた。

先客は合計5名。大阪から出張で福岡にきていたサラリーマンのお三方と、北海道から、アイドルのライブを観に来た女性2人組だ。

私が席に座るとすぐに、店主と先客のみなさんが気さくに話しかけてくれた。

「えっ、屋台はじめてなの?」
「福岡出張の時は、いっつもここに来るんよ」
「腹減ってない?おれもう腹いっぱいやからこれ残り食べてや」

そんな周りの方々の温かいお声かけに圧倒されながらも、私は屋台ならではの出会いを楽しんだ。もちろん、お酒も料理も最高でした。私が人生で初めて瓶ビールを飲んだのはこのときでした。隣の席のサラリーマンの方がご自身の瓶ビールの残りを私のグラスに注いでくれたのです。私も後程自分で注文した瓶ビールをその方に1杯お返ししました。この時から私は「瓶ビールコミュニケーション」が大好きになりました。

幼い時から想像していた屋台の現実は、想像を上回るものだった。なかでも、最も衝撃的だったのは、お客さんの多様性と距離感の近さだ。博多弁・関西弁・北海道弁が入り混じり、それぞれの地元の話などを繰り広げ話が盛り上がる。こんな機会はこの時が初めてだった。

「屋台は楽しい、好きだ」

屋台への好意が想像から現実のものとなったこの日、私は店主や他のお客さんと、とことんその場を楽しんだ。


店主の提案。ディープな経験。


終電も近づき、盛り上がっていた私たちの中でもお開きムードが流れ始めた。出張で来ているお三方は明日も仕事で朝早く、北海道からお越しの方も明日はライブ本番で早起きだ。私もみんなと同じタイミングで店を出ようと思い荷物をまとめ始めた。

その時、店主から唐突に思わぬ提案を受けた。

「3時の閉店まで付き合ってくれたら、今日お前から俺は1円も取らん。」

私は最初、店主の言葉の理解に苦しんだが、咀嚼が進むにつれて、高揚感が沸き上がってくるのを感じた。ただ、私自身貴重な経験をさせてもらっていて、美味しいお酒と屋台めしをいただいたのに、何もしない訳にはいかなかった。

「わかりました。では3時の閉店後、屋台の片づけまでご一緒させてください。これが僕の条件です。」

こうして、私と店主の屋台延長戦が始まった。

それからは、店主の出会った過去の面白いお客さんの話、私の将来の夢の話、家の近所のスーパーの惣菜が半額になるタイミングの話などで盛り上がった。

楽しい時間はあっという間、時刻は午前3時を回った。

「そろそろ閉めるか。」

店主が食材をクーラーボックスなどにしまい、私が椅子の片づけや屋台の解体などを行った。その後、食材や屋台自体を近くの置き場まで運び、片付けは手際よく終わった。

「また飲み来いよ。」

少し寂しさを感じつつも、店主と別れ帰路についた。


コロナ禍の屋台への想い


新型コロナウイルス感染症の蔓延により、飲食店は大きな影響を受けた。もちろん、屋台も例外ではない。約1か月県内すべての屋台が休業した後、感染拡大対策を施し営業をしている。座席数は減り、客と店主の間に仕切りができた。県外や国外からの来客は減り、客のほとんどが福岡の人間だ。

『これは屋台じゃない』
『屋台の良さが明らかに失われている』

声を大にして言いにくいことだが、こう思っている人も多いはずだ。

座席数が減ることにより、客同士の偶然の出会いは減った。
客と店主の間の壁は、会話やコミュニケーションの快適さを低下させた。
県外国外の来客が減ったことにより、会話に多様性がなくなった。

じゃあ今何をすべきなのか。一人ひとりが徹底した感染対策を続けることである。一か月でも一日でも一秒でも早く、屋台が従来の姿を取り戻せるように、今できることをしよう。

私は、新たな出会いや何にも替え難い経験をさせてくれた屋台が、近い将来元の姿を取り戻すと確信している。

コロナ終息後、屋台がかつての活気あふれる壁を感じさせない集まり場としての姿を取り戻した時、まだ見ぬ未来の友人と私は乾杯がしたい。

画像1




サポート頂いたお金は全てビール購入資金とさせていただきます!!!!!!