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「都市にもっと自由な土を」 これからの都市の植物と人の関係性|都市を醸す #1

都市や建造環境の微生物コミュニティを調査し、次世代の都市デザイン・公衆衛生事業に取り組む株式会社BIOTAが、様々な分野で都市を醸している実践者を深掘りしていく本企画。
第一回目はプランツディレクターとして空間に植物を導入する活動やアーティストとして表現活動をする傍ら、千葉大学大学院園芸学研究科にて、「植物と人の関係性」の再構築を目指し研究している鎌田美希子さんへのインタビューをお届けします。

Text: Takayuki Aoyama
Text & Photography: Kohei Ito

まるで微生物の城。映画『風の谷のナウシカ』に出てくる
腐海のような植物作品が巨大な瓶の中に。

とにかく植物に夢中だった幼少期

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—— まずは植物に興味をお持ちになった経緯を教えて下さい。

私は東北生まれで、山や川、田んぼに囲まれた土地で育ちました。

小さい頃からとにかく植物が好きで、小学校時代は学校裏の大きな林へ入って遊んでいました。林の中には様々な植物の姿がありましたが、中でも「ツチグリ(土栗)」というキノコの仲間が生えていて、押すとブフッと黒いガスを出すのがとても好きでした(笑)。

家族にも毎週のように山へ連れて行ってもらい、そこで見つけた色々な植物に夢中になっていました。

その頃から植物の仕事をしたいと漠然と思っていたかもしれません。

プランツディレクターになるまで

—— すぐにプランツディレクターの道へ進まれたのでしょうか。

変わらず植物が大好きなまま高校まで過ごし、大学・大学院ではダイズの遺伝子など、農業に関わる研究をしていました。

研究者、植物に関わる仕事がしたいと思い、野菜や花の種を開発する種苗メーカーに入社しました。「これでずっと植物と関わる人生を過ごせる!」と思っていたのですが、会社や業界とのミスマッチが生じてきて、辞職しました。

実は東京に対しては良いイメージを抱いていなかったのですが、新しい仕事のために仕方なく上京しました。

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—— なぜ東京に良いイメージを持てなかったのでしょうか。

一番に人混みが嫌いなのと、都市に暮らす人が多すぎて、一個人の存在意義が薄れるのではないかという漠然とした不安がありました。その不安は杞憂に終わったのですが。

医療系メーカーに転職したのですが、1日中オフィスに籠りっぱなしで、ランチの時間くらいしか外に出ないような日々を過ごしていました。

そこでやっぱり植物の仕事がしたいと思い至りました。都市で植物に触れられないのが辛くて、植物を増やしていく活動がしたいと思い、「プランツコーディネーター」になるため、週末にインドアグリーンを学べる学校へ通いながら、友達のオフィスの植物デザインしたりなど、お仕事を始めていきましたが、そこでまた壁にぶつかったんです。

「多肉植物ブーム」で陥ったジレンマ

—— その壁というのは?

プランツディレクターのお仕事を始めてからほどなくしてサボテンなどの多肉植物を室内に置く「多肉植物ブーム」が訪れました。しかし、「サボテンは水をあげなくても育ちます!」とか「室内で育てても大丈夫!」などというのは園芸業界の人がサボテンを売るためについている嘘で。

アメリカ大陸の強烈な陽射しを浴びて育つサボテンは室内に置くと、日照量が足りなくなるのに、みんながそれを鵜呑みにしていました。

そこで、多肉植物を代替するもので室内を緑化できないかと考えて『たにくっしょん®️/TANICUSHION®️』というサボテンなどの多肉植物をリアルに再現したクッションを作って、多肉植物の代わりに飾るプロジェクトをスタートしました。

—— こちらの室内緑化プロジェクトは大きな反響があったのですね

はい、ありがたいことにたくさん雑誌や新聞、テレビで取り上げていただきました。

そんな中、この「たにくっしょん」によって人はリラックスできたりするのかなという疑問を持ちました。

再び大学へと進み、植物研究の道へ

ビジネスの場面では、「感覚」や「感性」などは低く見積もられがちで、例えばオフィスへの植物の導入を提案をした際に、費用対効果を求められたり、植物置くくらいなら「良い椅子の1つでも買うよ」と言われてしまうこともありました。

そんな場面で、植物が人の健康やメンタルに良い影響を及ぼすというエビデンスを提供したいなと思うようになり、現在は千葉大学大学院で研究をしています。

—— 現在はサイエンスとアートの両軸から植物に関する発信・表現をされているわけですが、なにか気づきはありましたか。

サイエンスとアートのように異なるアプローチをすることで、リーチする人が違うことに気づきました。それがとても良かったと感じています。

サイエンス軸のみで活動していた時、より社会に広く実装するために、別のアプローチも必要だと思っていました。

そんなある日に「植物の展示をしてみない?」と、アートとして表現する機会をいただいて、2019年に代官山TENOHAで一番最初の大きな展示をすることができました。

—— 代官山TENOHAでの展示はオフィスから人類が消えて100年後の森のようだったとか。

代官山TENOHAの中には大手企業さんのオフィスがあったんですが、その跡地を見たときに、ここは気持ち良くなかっただろうなと思いました。

そこで「理想のオフィスってなんだろう?」ということを考え、人が主役ではなく、植物が主役のオフィスを作ってみようと。『office utopia(オフィス ユートピア)』と名付けたのですが、おかげさまでやりたい放題にやらせてもらいました(笑)。

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『office utopia』の展示の様子(鎌田さんより提供)

オフィスの中で光が足りないことと、湿度が足りないことが植物にとって良くないことなので、空気中の湿度を充分に満たすため、一般用の加湿器ではなく、キノコなどを栽培するための大きな水粒が出る農業用加湿器を設置しました。匂いにもこだわって、一面に落ち葉をしきつめたりもして。

森林浴の感覚を味わえる植物空間づくりに成功して、来てくれたお客さんたちがすっごく気持ちが良かったとおっしゃっていました。この時の植物のイメージは奄美大島の金作原原生林でした。

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『office utopia』の展示の様子(鎌田さんより提供)

研究時代に持った微生物に対する面白さ

—— 展示を通して、微生物に興味を持たれたのでしょうか。

微生物を意識し始めたのは2020年の銀座での展示の構想を考えている時ですね。

大学時代の研究室では、植物を瓶の中で培養していました。「クリーンベンチ」で瓶の中を完全な無菌状態で植物を育てるのですが、その中に微生物が増殖すると「コンタミネーション」、つまり失敗したことになります。

その時は、微生物が増殖したら失敗でしたけれど、改めて目に見えないのに確かにそこに存在している微生物って面白いと感じましたね。

—— 2020年の銀座での展示『(in)visible forest』は、どんなコンセプトだっったのでしょうか。

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「目に見えないものを感じてもらう」ための展示でした。微生物の働きや、「土に還る」ということへの理解、見えないものへの想像力を巡らしてもらうことをコンセプトにしていました。

—— 鎌田さんが表現するアートとしての植物の展示は多くの人に植物へ興味を持ってもらう入り口になりましたね。

植物に興味がない人にどうしたら植物や自然という存在に興味を持ってもらえるかをずっと考えていて、『(in)visible forest』で試行錯誤の末に展示したものは、植物が微生物たちに分解されていく姿を美しく見せられるような瓶の作品でした。

嫌われがちな微生物たちだけど、この私たちが暮らす生態系の中で役割があるということ、目には見えないものが均衡を保っているということを知って欲しかった。デイビッド・モンゴメリー著『土と内臓』を読んだ際に、「ああ、微生物って素晴らしいな」と。

この瓶は展示の中で一番大きな作品で、瓶の中に入っているとみんな、可愛いとか好きだと言ってくれました。

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花や植物が分解されて変化し、微生物による菌糸が瓶内を覆っている。

都市での植物の扱いへの憤り

—— 室内だけでなく当然施設の野外スペースにも植物は置いてあるわけですが、憤りを感じた出来事があったとか。

とあるデベロッパーさんと植栽のことでお話する機会がありました。かなり豊かに植栽されていた場所を一度更地にしてマンションへ建て替えるタイミングだったのですが、今あるこの植栽をどうするのかお訊きしたら「全てスクラップにします。一本たりとも残さない」と言われて、「スクラップの危機にある植栽を救済するプロジェクトを立ち上げたい」と伝えたところ、残念ながらお返事はいただけませんでした。

彼らがなぜ全て切ってしまうかというと、新しい植物を買うより移植代の方が高くつくからだと。「新しいのを買って植えた方が安上がりですよ」と。

経済合理性に一般の土地は負けてしまうから、行政の方と一緒に、都市の真ん中に、「人がもっと自由に土や植物と戯れる場所」や「管理せず自然のままに変化していく土地」を作ってみたいですね。

—— そういった点も含めて、現在の都市緑化における問題点はどんなところでしょうか。

まず、都市には自由に利用できる土がほぼない点です。見栄えさえよければそれでいいというか、植物や土と人が触れ合うということは基本ないわけです。

人間のためだけにデザインされた都市に住んでいると、地球の営みの一部分しか感じることができません。かたや森にいると自然のサイクルを直に見ることができる。動物にしても死んだ後の朽ちていく姿を見ることができます。人間は特別だと思っているかもしれないけれど、私たちも生態系の一員なわけです。

みんなが自由に使える土を増やしたいとずっと思っています。土には実際に触れた方が心身にも良くて、無心に、とにかく目の前のことに五感を集中させて取り組めることを実感できますから。土に触れることはマインドフルネスの一つですね。

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想い描く理想の都市は、土の自由度がもっと高い、「自由な土地」のある都市

—— 東京という大都市の中で、鎌田さんの理想に近い土地、公園などはあるのでしょうか。

明治神宮の中の脇道に逸れたあたりの鬱蒼とした森が好きです。スギなどの針葉樹ではなく、照葉樹林主体の森です。

人工林だけれども、朽ちた木たちや落ち葉などは撤去したりせず、管理しすぎていないからか、子供の頃に遊んでいたような場所を思い出して、歩くだけでとても元気をもらえます。

—— 鎌田さんが考える今後の理想の都市緑化、植物と人の関係性はどんなものでしょうか。

「自由な土」があって欲しいと思います。植物が植えられているといっても、造園お決まりの似たような植物が植えられていて管理されているだけの、どこにでもあるような風景の土地ではなくて、皆が植物や生き物を観察したくなったり、どろんこになって遊びたくなるような魅力的な特徴のある土地をもっと増やせていけたらと思います。

また、生ゴミや落ち葉などを堆肥化させる「コンポスト」が都市の家庭でもやっと増えてきました。都市はインフラが整っている分、なんでも簡単に「捨てる」「燃やす」が可能です。でも、それ以外の選択肢がやっと出てきたことは喜ばしいことです。

みんなが少しずつ、この地球のルールに気づくことで、都市だけでなく地球環境のことに視野が広がってくれたら嬉しいです。

—— サイエンス、アートの両面から植物についてアプローチしている鎌田さんは本当に稀有な存在だと感じました。本日はありがとうございました。

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鎌田美希子  Mikiko Kamada
北海道大学大学院農学研究科修了。生命科学のバックグラウンドから植物系メーカーの開発職を経て、アカデミックな側面を生かしてプランツディレクターとしての活動を開始。多肉植物の魅力を再現したクッション『Tanicushion®』とクッションで祝い花を表現した『Iwai-bana』を発表。
現在は空間を緑化することの重要性を研究するため、千葉大学大学院園芸学研究科博士課程にて「植物とヒトの関係性」の再構築を目指し研究中。
同時に検証の一環でもある表現活動を継続的に行っている。2019年に開催されたアートフェア「GRADATION 代官山」ではオフィスを植物による植物のための空間とした展示『officce utopia』が大きな話題となった。
2020年には初個展『(in)visible forest』を銀座のギャラリーArt for Thoughtにて開催。目に見えない生命たちを可視化する試みを実現した。

Instagram: https://www.instagram.com/mikiko_kamada/
Twitter: https://twitter.com/tanicushion

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株式会社BIOTA
「微生物との共生社会」を実現することで、都市に住むすべての人々のウェルビーイングを向上させることをビジョンに掲げ、都市や室内環境における微生物多様性とそのバランスをデザインすることで公衆衛生を改善し、感染症拡大防止のみならず、日々の生活におけるヒトの健康を向上させるため、研究開発や製品開発に取り組んでいます。

マイクロバイオームの先端ゲノム解析技術を、自社の製品開発に活用したいとお考えの皆さま、また持続可能な次世代の公衆衛生の実現を目指しているパートナー企業の皆さまと研究開発を進めてまいります。
微生物には詳しくないがご自身の経験等からインサイトをお持ちという方も、どういった調査・研究を行えばよいのか、コンセプトデザインから一緒に考えさせてください。

E-mail: info[@]biota.ne.jp

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