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精霊の気まぐれ


秋を連れてきた旅人は、夏と共に去る。

僕の街に来た旅人は火の犬を連れていた。

この旅人の得意とするのは夏を連れて来ることと、冬を連れ去ることのようだ。


使い魔、精霊、見えないものが具現化した結晶。

そういうパートナーというべきものを連れている旅人はそう多くはない。

少なくとも僕の街にやって来た旅人でパートナーを連れていたのは二人だけ。

今回の旅人を入れれば三人目だ。

街の人達は旅人に畏怖の念を抱いているので、歓迎はしても自ら積極的に話しかけたりはしない。

それは大人になるにつれて顕著になる。

僕はまだ十代半ばだというのに他の皆より精神的な成長が遅いらしく、まだ積極的に旅人に話しかける方だった。

でもどんなに日々を積み重ねて、大人に近づいたとしても僕は旅人に話しかけることを止めたりしないのではないかと思う。

大抵の人は街で生まれ育ち、街の外へ移住することはない。

街の外の世界を知らずに死んでいく。

たまに外から旅人擬きの探検家がやって来て、街を気に入ったらそのまま住み着く。

しかしそれは稀。

とてつもなく稀なこと。

やっぱり大体は、ひとつの街で全てが完結しているのだ。

大人達はそれをエコシステムとか言っていた。

でも僕は街の外を知らずに死んでいくなんて、考えられない。

エコシステムから外れる人が稀にいるのならば、それはきっと僕のことだと思う。

かといって探検家になりたいわけではない。

でも探検家くらいじゃないと外に出て行く口実がないし、きっと認めてもらえない。

そこまで考えて僕は大きく溜息をつく。

家の中で楽しくもない宿題をするのにも飽きてしまった。

部屋の窓を開けて、秋の風を呼び込む。

外の木々はまばらに紅葉していて、落ち葉も少し増えている。

旅人が去ったのは一週間ほど前。

今頃どこにいるのだろう。

隣街に着いて旅を続けるための食料とかを買い込んでいるのだろうか。

どこにでも自由に歩いていくことのできる旅人が羨ましく、僕はもう一度大きく溜息をついた。


ひんやりとした何かが頬に触れ、驚いて窓際から飛びのく。

何事かと思って窓に目を向けると、そこには妙な生き物が音もなく笑いながらふよふよと浮かんでいた。

直感でこれは旅人のパートナーだと、そう思った。

街に新しい旅人がやって来たのかもしれない。

そう思うと居ても立っても居られなくなり、一階まで駆け下りて玄関から外に飛び出した。



僕は街の隅から隅まで旅人を探したのだけれど結局見つからず、とぼとぼと帰宅したら玄関で母親が仁王立ちしており宿題を放り出したことをこっぴどく怒られた。

宿題を終わらせるまでご飯なし、ということで僕はしぶしぶ部屋に戻る。

宿題の続きをしようと部屋を開けたら部屋の中が雪まみれになっており絶句して立ち尽くしていると、あのふよふよと浮いている旅人のパートナーが気持ちよさそうに眠っていた。



僕が部屋に入らずに立ち尽くしているところを母親が見つけ、さらに中を見て絶叫するのはこの五分後のことである。







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