見出し画像

ユメビト


最近、夢に誰かが侵入して来ているような感覚がある。

ユメビトが何かを企んでいると噂が流れていたが、それと関係しているのだろうか。

思うように眠れていないせいで、上手く回らない頭を彼は大きく二度左右に振った。

そして目頭に指で触れる。


いつもより硬くなってるな……


ため息を吐こうとした時に彼のオフィスに来訪者が現れた。


おい、そろそろ何かつかめたのか?

……つかめたら連絡するって言っただろう

何しに来た

十日も音沙汰なしじゃ様子を見に来るに決まっているだろう


社会人の常識だ、と来訪者は彼に告げる。

彼は後頭部を右手でガシガシと掻きながら、何も見つかってないと繰り返す。

そしてわざと西日の射している窓のブラインドを開けた。

オレンジ色の光が彼と来訪者を照らす。

来訪者は眩しそうに眼を細める。


……ユメビトが最近騒がしいと耳に入ってきている

そっちに何か情報がいっていないか?

いや、全然入ってきてないな

……嘘をついても無駄だぞ

これだから耳が異常に良い奴は嫌いなんだよ

だったらオフィスに来なければよかっただろう


来訪者から小さな舌打ちが聞こえたが、彼は気にしなかった。


こちらが知っているのはあくまでも噂レベルのものだ

ユメビトが結託して一部の者達を夢の中に閉じ込めるために動いているとか

世界レベルで保持されている秘密を手に入れようとしてるとか

そういう……昔からあるような陰謀論のようなものが上がってきている

正直、噂と言っていいのかもわからん代物だよ


来訪者は大きなため息をつく。


……あんたはそれをどう思っているんだ?

どう、ねぇ


来訪者は顎に手を当てて少し考える。

そして彼に言う。


こちらの部署では誰ひとりとして信じていない

つまりそれは俺自身もこの情報を信じてはいない

そういうことになる

……あんたには自分の意見がないのか?

どうとでも言え

……残念だな


彼はそう言うとブラインドを閉めた。

オフィスに入っていた西日も消える。

来訪者の目はその変化に追いつくのに数秒かかった。

その間、彼は来訪者を追い越してオフィスの鍵を内側から閉める。


……あんたはまた間違えた

もう一回最初からやり直しだ

は?

お前何言って……


来訪者が振り返り、彼の瞳を初めて直接見た。

いつもサングラスをしていた彼の瞳はユメビトの瞳だった。


お前、ユメビトなのか!

……俺が何者かは関係ない

あんたは間違えた、それだけさ

もう一度、第一の層からやり直してこい


彼は来訪者の額を左手の人差し指で小突く。

来訪者の体は崩れ落ち、泡のようにオフィスの中から消えていった。


……あの来訪者はいつ目覚めることができるのかねぇ


ずっと抑えていたため息をつく。


彼はサングラスをかけなおし、オフィスの鍵を開ける。


次の来訪者を待つために。


他のユメビトと正規のルートで連絡を取るために。


ユメビト同士の夢を繋げるために。


侵入ではなく、介入させるために。


来訪者を夢の中に閉じ込めておくために。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?