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帰還



マッコウクジラは垂直になって眠る。


彼等が眠っている間なら、僕たちは月に帰ることができる。







今日は三カ月に一度の帰還の日だった。

昼間、帰還の準備をしている最中に失くしたと思っていた、小さな竹が生えているスノードームを部屋の隅で見つけた。

持ち物が増えたなとその時は思ったけれど、その後もいろいろと失くしたと思っていた物が出てきて気がつけば持ち物がいっぱいになっていた。

リュックひとつじゃ入りきらない。

ショルダーバッグにも入れたけれど、そちらもパンパンである。


こんなにたくさん持って帰れるかな……


帰還準備が終わり、出来上がったそれをみて不安になってしまった。

ついつい思いが口から零れてしまう。

頭を振って、不安を飛ばす。


だいじょうぶ……きっと持って帰れる


深夜、仲間以外に見つからないようにそろりと家から忍び出る。

……別に見つかっても問題はないのだけれど。

なんとなく帰還する日はそういう設定で過ごしているのだ。

とは言っても、いつも確実に僕とは違う別の帰還者と八合うのでこの設定は意味がなかったりする。


よう!

やっぱお前も今日帰還なんだな!


十メートル先に大きく手を振る彼がいた。

彼に答える為に軽く手を振り、少しだけ駆け足で向かう。

リュックもショルダーもポシェットも、僕のリズムに合わせて大きく上下に揺れる。

彼のもとにつくと、彼は驚いたような呆れたような様子で言う。


お前、相変わらず持ち物多いな~!

いったい何が入ってるんだ?

……ふつうの物だけだよ

いやいや、普通の物だけだとそんなんにならんだろ~


豪快に笑いながら彼は、顔だけで先に進もうと合図して見せる。

僕は目を二回しばたき、彼と一緒にマッコウクジラが眠る谷へ向かう。


道中、相変わらず彼はよどみなくしゃべり続けていた。

三か月間にあったことや、帰還したらすること、やりたいこと、次にこちらに来るのはいつになるかなど。

とにかく彼はしゃべり続けていた。

でもマッコウクジラが遠めでも見れる位置に来たとき、彼のおしゃべりはピタリと止まった。

ここからはいつも静か。

マッコウクジラを起こさないように進まないといけないから。

たとえ聞こえないであろう位置からでも静かにするのが鉄則である。

互いに音をたてないよう、ゆっくりと進む。


谷の頂上というか縁というか、そこに着いたときには既に僕や彼以外の者たちがたくさん集まっていて道が出来るのを待っていた。

マッコウクジラはもう眠っている。

でもまだ道が出来ていない。

月が隠れているからだ。

月が現れるのは午前零時過ぎ。

周りがそわそわと自身の時計に目をやっている。

多分、そろそろなのだろう。

そんなことを思っていると、ショルダーバッグの間から横っ腹を突かれる。

彼が顎を上に向ける。

つられてそちらに目を向けると、月が姿を現すところだった。


光が降りそそぐ。


垂直に眠っているマッコウクジラに反射して、その背中に光の道が出来る。


何頭ものマッコウクジラの背に、月へと続く帰還の道が浮かび上がる。


僕たちはいっせいにマッコウクジラの背に出来た道を駆け上がる。


静かに、なるべく音をださず、でも早く。


マッコウクジラが起きる前に。


起こさないように。


隣を走る彼と目が合うと、彼は唇をゆっくりと動かした。



あっちで会おう



彼の唇はそう動いていた。






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