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07_養護学校を卒業しました!【学校のこと編】

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こんにちは、イラストレーターのアキタヒロミです。

養護学校って、みなさんどんなイメージをお持ちですか?
私の通っていた養護学校は、みんな仲が良く、笑い声のたえない学校でした。
そこでの様子、障がいのある友達と一緒に過ごして感じたことなどを書きました。
どうぞ、お付き合いくださいませ。

1.はじめての養護学校

新学期がはじまると共に、新たしい学校での生活がスタートしました。
クラスメイトは私を含めて5人。
私と同じように股関節に疾患のある子、右半身麻痺のある子、軽い知的障がいのある子など個性豊かなお友達。
みんな優しく迎え入れてくれました。

ここでは、なにかしら障がいがあることがあたりまえ。
まだ手術前で普通に歩ける自分が逆に普通でないような・・「普通」って何?と分からなくなるような、不思議な感覚でした。

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ずっと養護学校で過ごしている子たちにとっては、障がいがあることが「あたりまえ」で「普通」。
「個性」や「得意」「不得意」があるように、細かい作業が苦手だったり、足が不自由で車いすで生活していたり、いろんな障がいがある。

それぞれがすごく自然にお互いをフォローしあい、先生も優しく見守ってくださり、笑顔のたえない あたたかい学校でした。

2.体育・訓練の授業

養護学校での体育の授業
◾️5分間走
車椅子で体育館をぐるぐる・・結構ハード。
"走る"専用の車椅子ではないので、二の腕バンバン打ってちょっと痛い(笑)

◾️車椅子バスケット
これもまた、専用の車椅子ではないので飛んできた強めのボールを腕を伸ばして取ろうとして背中に重心がかかると危険。車椅子ごと後ろにひっくり返ります。
次々ひっくり返る友達を見ながらドキドキ。でも楽しかったのを覚えています。

◾️スケボーリレー
スケボーといっても、普通の形ではなく てんとう虫のイラストが描いてある丸い形のスケボーを使っていました。
うつ伏せに寝転がって手でこいでリレー。これもなかなかハードでした。

◾️ゴロ野球、ゴロサッカー
ボールは投げずに転がし、動く時は歩ける子もみんなハイハイやお尻移動。
男の子たちに大人気で、体育以外でもみんな楽しそうにやっていました。

運動制限もありつつ、出来ることで体をしっかり動かし、楽しませてもらっていました。
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体育の時間以外に授業の中には「訓練」という時間が組み込まれていました。
この時間はリハビリをします。

私がいた時期は、たくさんペルテスの男の子もいて(元気いっぱいの男の子ばかりで「ペルテス軍団」と呼ばれていました^^) 同じ股関節の疾患なので、いつも一緒に並んで訓練を受けていました。

◾️足上げ
みんな3キロくらいの重りを足に巻いて、横向き、うつ伏せ等体制を変えながら足上げ。
「1回目ー!  1、2、3、4・・」と順番に交代でみんなで掛け声をかけてやっていました。

◾️空気椅子
普段、車いすで過ごし、ほとんど使っていない足で2〜30分の空気椅子・・プルプル。最強にきつかったです(泣)

◾️歩行訓練
車いすから杖で歩けるようになる前に、平行棒を使って体重の半分をかける練習をしました。
体重計が途中の場所に置いてあり、行ったり来たりしながら、どれくらい腕に力を入れれば体重の半分フォローできるかを確認。
数ヶ月車いすで生活したのち、立ち上がって歩くと、視界が全く違い1歩目は緊張しました。

3.手術後の授業

手術の後、ベットに寝たきりの時期は、学校での授業が終わったあと、先生が病室に来てくださり、個別授業をしてくださっていました。

このシステムのおかげで、元の学校にも遅れることなく戻れて、ありがたかったです。

まだ術後の安静が続き、1日30分しか座って過ごしてはいけない時期。
車椅子でストレッチャーを引っ張って、廊下でつながった養護学校に通学。
授業はストレッチャーの上で寝転がって受けていました。
ストレッチャー持参で通学してた人、なかなかいないですよね(笑)
寝転がって受ける授業は、眠くて、眠くて・・睡魔との戦いでした。

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最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回は、【手術のこと編】へと続きます。



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