122 四日目の早朝
東部学園都市の双校祭4日目の早朝。
この日は生徒会にとって最も重要な一日。
ここまでは予定通り生徒達の求心力を高めてこれていると言える。
しかし、この一日で全てが水泡へと帰す可能性もあり全員が真剣な眼差しで早朝の生徒会室に集まっていた。
室内ではエナリアが深呼吸をしている。ようやくここまできたというようにゆっくりとした吸気を呼気の音が全員の耳へと静かに流れてくる。
ここまでの双校祭の手腕でエナリア生徒会への評価は好転していた。
元々、学園にまず入学する事がない貴族の生まれであるエナリアは平民の割合の多いこの学園内での風当たりが強く、当初は強硬な手段で生徒会を奪取していたということもあり、あまりいい印象を持たれていなかった。
しかし、今回の双校祭を盛り上げていく手腕やこのために集めた人脈により学園の事を本気で考えている生徒会へと印象を変えつつあり、このままいけば東部学園都市の近年の派閥争いの終結すらも見えている。
今日の催しは2~4名程度の班戦闘の人数規模で行われるゴールまでの総合力を競い合うイベント。
障害物戦闘競走(オブスタクルバトルレース)と呼ばれる催し。
こちらも今回の双校祭で歴史上はじめて催される新しいイベント。
生徒達の期待も前日の演劇の公演から更に高まっていた。
しかし、いくら生徒会に信用が生まれつつあったとしても、やはり最終的についていくに足るかどうか。
東部を率いれる生徒会であるかどうかは実力がモノを言う場所である学園内では今回の勝利が絶対条件であることは明白だった。
ここで勝つことが学園内の意識を統一していく為のエナリア派閥の最大の難所。
このイベントに関しては公平を期す為、開催や内容提案を教師側へ申請するのみで、実際にどんなものになるかは生徒会のメンバーも知らなかった。
「さぁて、いよいよだな!! ようやくアタシらの活躍の番ってことだな!!」
アイギスが左の手の平に右拳を叩きつけるとパァンと耳に鋭い音が生徒会室に響く。
座って手を組み、ゆっくり瞑想するように目を閉じて呼吸していたエナリアがその音にゆっくりと目を開ける。
「ここからは総力でもってこの生徒会の地位を盤石なものとしなくては意味がありませんことよ」
その瞳には強い意志が宿っており、今日という日の重要性がどれほどであるかが窺える。
「今回、学園の歴史上で初めての開催となるこのイベント。今回、生徒会のメンバーを半分に分けてエントリーしています」
板書の前に立つカレッツがそう言いながら手早くメンバーを振り分けるように名前を書き連ねていく。
意外なほどに綺麗で整った文字が並んでいく。
「エナリア様、アイギスちゃん、スカーレットちゃん、ガレオンくんの主力班」
4人は視線を交わして頷く。
「僕、エルちゃん、メルティナちゃん、そして……えーと」
「あとは僕だね」
部屋の隅にひっそりと立っている生徒が手をひらりと上げる。全員、彼を一瞥した後すぐに話は戻る。
「そうそう!! その4人で前半の予選進行をかく乱していくつもりです。主に主力班のサポートだね」
参加チームは事前にリスト化されて参加者には通知されている。そのリストの中で注目すべきチームが存在していた。
「クラウス、バイソン、シルバ、システィアが協力しているようだな」
ガレオンは腕組みをしたままで首を捻る。
「あいつらが班編成を組んでいるとなると決勝まで残ってきた場合に厄介だな」
エナリアもそれには同意なようで首を縦に振る。
「出来ればゴール前での直接戦闘は行わずに脱落して欲しい所ですわね」
「あ? でもこっちの方が急造班よりも連携取れるだろうがよ。決勝に来ようが蹴散らせばいい。一番最後だけは競争じゃなくて班戦闘の決闘形式なのは確定なんだろ? 負ける道理はないだろ」
横から口を挟んだアイギスの発言にエナリアが目を見開いたかと思うとクスクスと笑い出す。
「まさか、貴女がそのような言い方をなさるとは驚きですわね」
自分の発言に今更ながら気付きハッとなったアイギスは顔を真っ赤にしてブンと勢いよく横に逸らす。
「ハッ、クソが。見んなよ。そもそもあたし一人でも全員ぶちのめせるっつーの」
真っ赤に染まった頬のままプイと顔を逸らして照れるアイギスに場が和む。
「ふふ、頼りにしておりますわ」
「フンッ」
そう言われたアイギスは満更でもなさそうな表情でそっぽを向いて鼻息を荒くしている。
「カレッツ」
しかし、これまで黙っていたスカーレットが小さく手を挙げて口を開く。その神妙な顔つきに全員が注目する。
「参加チームのうち、このリストからはみ出てる所にある???ってのはなんだ?」
「……そういえば、私も気になっておりましたの、これは?」
「え、エナリア様も知らないのですか?」
アイギスはエナリアすらも知らないということに驚き、カレッツを見直す。
カレッツは頭をぽりぽりとしながらバツが悪そうに答える。
「えーと、まぁ色々と事情がありまして。カレン先生から急遽、もう一つ参加の班が増えると直前に連絡があったんですよ。誰が増えたのかは僕も知らないのですが、このあと始まる午前中の予選レースですぐに分かるかと思います。さ、皆、そろそろ向かう時間だよ」
全員が目線を交わして立ち上がり、ある種のスイッチを入れる。
「そうですわね。まずは両班共に本選まで進むのが第一段階です。気を引き締めて参りましょう。まずは事前の作戦通りで参りますわよ」
全員の返答が生徒会室にこだました。
気持ちのいい風が吹く原っぱに足音が鳴る。
一つの影が原っぱにいる二人の元へと向かって進む。
やや遠く目視が出来る距離から良く知るその人物へ声を掛けた。
「おはようございます。そろそろ行きますよリーリエさん」
「はえ? ディアナくん? 随分と早い時間のご登場だこと。それに行くとは? こんな早くからどこへいこうというのかね?」
「私からすればこんな時間にリーリエさんが起きていること自体が奇跡にも思えますが、起きているなら今のうちに一つでも多く仕事をしてもらいたかったので。ここにいると聞きまして」
「……そろそろ良い子は戻って寝る時間なのだが」
「良い子なら、ですよね。そもそもリーリエさんは良い子だとでも? それに普通、朝は起きる時間なんですよ」
「うっ、正論の槍に貫かれる、かわせないような攻撃はやめてもらえるかねディアナくん」
珍しく早朝に連日起きていたリーリエはシュレイドと共に丁度、訓練を終えた所だった。
シュレイドは大の字になって大地に寝ころんで呼吸を荒げている。
その顔は実に楽しそうだった。久しぶりに感じる剣を振る楽しさがそこにはあった。
リーリエ以外には安心して鞘に納められたままの剣を振る事は出来なさそうではあるが、彼女相手であれば問題はなく遠慮なく全力で攻撃が行えるという事で溜まっていたフラストレーションをシュレイドは解消出来ているようだった。
「今日は、面白そうなイベントがあるから私達もそれに参加するために登録しておきました」
リーリエは首を横に傾けてクエスチョンマークを浮かべる。
「は? 登録? なんのさ?」
「障害物戦闘競争とかいう競技が今日行われるらしいので」
「なにそのいかにもしんどそうな競技。めったくそ余計なことしてくれちゃってんねディアナくんさぁ」
ディアナはリーリエの悪態に涼しい顔で応える。
「リーリエさんは学園に行ったことがないと聞いてたので、せっかくなら色々と参加して学園の生徒気分を味わってもらおうかと思ったんです。それに私の代ではこんな競技はありませんでしたから、私も興味がありますし学生の中に混じって参加して刺激を得ようかとカレンに事前に頼んでおきました」
「なぁああああに余計なことしてくれちゃってんのよぉおおディアナくん!! 君ねえ、興味あるなら一人でやりなよぉ!!! それによりにもよってカレンくんにとかさぁ、断りにくいじゃにゃいのよ!!」
「断らせないためですけど」
「くあああああ、鬼畜、ディアナくん鬼畜だよそれは」
「それに、班戦闘イベントという事で最低でも二人以上は必要なんですよ」
「だからって他の騎士もいたでしょおお? なんでリーリちゃんを駆り出すわけ!! なんかうらみでもある?」
「いえ、私達、九剣騎士の姿と力量を間近に見てもらえば生徒達の刺激になれば今後長い目で見れば優秀な人材が生まれて仕事が楽になるかもしれませんよ?」
「うまいこと言いくるめようとしてもこのリーリちゃんは騙されません、リーリちゃんをくるめていいのは羽毛の布団だけななのよにゃ!」
「何を言ってももう断れませんから」
「いやいやまてし、それに、負けたらくっそハズくない!?」
「そうですね。もしも九剣騎士ともあろう者が学生に負けたとなれば九剣騎士というその称号の剥奪もあり得るかもですね」
「っざっけんなーーーーー、マイ平穏、マイ安定、マイ寝床を奪う気かね君は」
「勝てばいいわけですから問題ないでしょう」
「そう言うとこだよディアナくん!!! 君のそういうとこかっこいいと思うけど使うタイミングがちげぇええってんだにゃ」
ディアナはこれ以上の問答は無駄だとむんずとリーリエの襟首を掴んでずるずると引っ張っていく。
「いやだ、いやだぁ、計画にない事はしない、しかもこんな朝早くから一仕事した後だよ? こんな強引な手段を講じるのは君くらいだよ!! よくない、本当に良くないよこれ!! こういうことやめて欲しいんだがね。離してくれたまへよディアナ君!! このあと部屋に戻ると布団に告げて出てきてるんだにゃ! 布団との約束を果たさねば! 安息の時間を奪わないでくれるかな、いやほんとお願いしますってば」
連れられていくリーリエは呼吸を整え立ち上がったシュレイドと視線がぶつかる。その瞬間、リーリエはにんまりと悪い笑みを浮かべる。
「そこなシュレイド君!!」
シュレイドは言わずとも何か良からぬことをリーリエが考えている事は分かるが、高揚した今の気分が何を言おうとも肯定、指導として受け入れる準備となっていた。
ディアナが足を止めて初めて目の前の少年を視界に捉える。
「この子は?」
「ついてきたまへ!! 君に次の訓練を与える」
「あ、はい」
言われるままに近づいてきたシュレイドをまじまじと見つめるディアナは値踏みするような視線で射抜いたあと、視線を舌に向けて引きずっているリーリエを覗き込む。
「リーリエさん?」
「さっき最低二人と言ってたんだにゃ、なら一人増えた所で大した問題ではなっすぃんぐでしょうよ!!!」
「しかし、学生である彼を危険な目に合わせるわけには……」
「ふぉふぉふぉ、彼は九剣騎士になれる逸材かもしれんのだよディアナ嬢!」
ディアナがふっと手を離す。地面に落下するリーリエの頭。
「アダっ、いきなり離さないでくれ、いってぇえええ」
リーリエは地面に頭を打ってジタバタもがいた。
「……そうは見えませんけど」
「ッッ、ふふ、人は見かけによらないものだぞ。自分の尺度だけで判断してはいけないのではないかな? 特に!!我々のように立場がある人間なら尚更!! 色眼鏡でみてはいけないと!!」
「確かにそうね。リーリエさんの言うとおりだわ」
と呟いた次の瞬間、シュレイドに向かって一足飛びに距離を詰めたディアナは躊躇なく槍を突き出した。
シュレイドは微動だにせず立ったままだった。はらりと突き切れた髪が僅かに宙を舞う。
「普通の学生が私の突きに反応できるわけがないものね」
「おおい、ディアナ嬢~よく見てみたまへ」
「よく見る?……ッッ」
ディアナがふと視線を落とすと自分の腹部に鞘に入った剣が静かに突き出されていた。もう半歩踏み込んでいたら自分の速度がそのまま自分へと還元されていただろう。
「いつ、その鞘を突き出していた?」
ディアナをもってしても捉えられなかったその動きにリーリエはニヤニヤと満足そうに笑みを浮かべている。そして、驚くべきことに意識を向けると気付く自分の防衛本能。
自分の意思で踏み込まないようにしたはずが、踏み込ませてもらえなかった事に気付く。身体感覚の研ぎ澄まされているディアナは自らの脚が踏み込むつもりだった位置を踏み損なうはずはない。
ギリギリの踏み込み位置から剣先分、後ろになっていた。
ディアナは本能的に踏み込みを浅くせざるを得なかったのだ。
頭が理解するよりも早く身体が反応したという事だ。
「ふぇっふぇっふぇ、どうかねディアナ嬢。リーリちゃんの愛弟子は!!」
「愛弟子? あのリーリエさんが弟子をとったのですか?」
「学園祭の間の限定だけど」
ディアナは僅かに逡巡した後、シュレイドに先ほどとは異なり柔らかく話しかけた。
「丁度いい、あなたは参加するチームがもうあったりするのかしら?」
「いえ、そもそも今日は見てるつもりで参加は」
「では私とリーリエさんの班になり、共に出場してみましょ。私も君に興味が湧いたわ」
そこでほらきたとリーリエは器用にくにゃりと波打つように身体をしならせるとその反動で飛び起きる。
「ちょいまてし、彼が出るのなら最早リーリちゃんはでなくても、良かったりなんかしちゃったりなんかしたり」
「却下です」
「ちいいいいぃいい目論見が外れたァ、くっそぉおおお。しまったにゃああ」
「ほら、ふざけてないで行きますよリーリエさん」
「リーリエちゃんはいつだって100%中の120%で生きてるんだにゃ」
「お、俺の意思は……」
シュレイドになぜかドヤ顔でリーリエはニヤリと微笑みながら偉そうに言った。
「シュレぴっぴ、諦めたまへ。強引さでは誰もディアナ嬢には勝てない。共に観念しようではないか」
「は、はぁ」
そこでディアナはシュレイドへ歩み寄る。
「ところで、君の名前は?」
「シュレイド・テラフォールです」
「ん、テラフォール?」
再びなぜかリーリエが偉そうにディアナにふんぞり返りながら指差して叫ぶ
「シュレぴっぴはあのグラノ様のお孫さんなんだそうだにゃ!! すごいだろ!!」
ディアナはどこ吹く風というような感じでリーリエのリアクションには反応せず内容にだけ納得して今一度シュレイドを見た。
「そう、道理で。では貴女がカレンの話に出てきていた少年、合点がいった……ふふ、これは、なんとも妙縁だわ。楽しみね」
こうしてシュレイドは九剣騎士の二人と班を組み、障害物戦闘競走へと強制的に参加する事となった。
つづく
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