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165 テラフォール流の閃

 東西の生徒がパーティを行っている大広間の建物の外ではシュレイドがパラパラと本をめくる音がする。
 ウェルジアの持っていた擦り切れる程に読み込まれていた本に視線を注いでいた。
 パタリとシュレイドが本を閉じ、読み終えると彼はその内容に心底驚いていた。

「お前、ほんとにこの本の内容だけでひたすら剣を振り続けてきたのか?」
「ああ」

 彼は祖父グラノとは実戦の中でしか剣を教えてもらっていなかった為、こうして本という形で整えられた既知の知識を自分が学んだのと異なる方向から知るというのは初めての事だったからだ。

 彼にとって感覚的な部分だけでなく理論などの部分に刺激を与えるように書かれている本の内容には興味深いものがあり、これまであった感覚と得た思考が繋がるような気がしてきていた。

 同時にここに書いてあることのみで積み上げたというウェルジアが自分とあそこまで戦えたことに関しての驚きを隠せない。

 ウェルジアは本を見ている間、シュレイドとの戦いを反芻していた。どのタイミングにおいても勝機は今のところ見つからない。どうにもできなかった自分への反省と次への思考が彼の中で渦巻いている。

 読み終えたシュレイドへと視線をやると彼から驚きの言葉が飛び出してくる。
「ざっと見ただけだから正確な事は言えないんだけど、これかなり初心者向けというか」
「初心者向け?」
「テラフォール流の本質? っていうか、大事な所は書いてない内容って感じがある」
「大事な部分?」
「技術的にわかりやすいという点では凄い事だけど」
「本質、か。具体的にどういうことだ?」
「多分だけどこの本は大衆向けにじいちゃんが難しい事の伝え方とか分かりやすくしたんじゃないかと思う」
「大衆向け?」
「ああ、絵とか図だとかそういうのも多用されてるだろ、誰にでも始めやすいような本にするって目的がこの本自体にあったんじゃないかな」
「なるほど、しかし、昔の右も左も分からない俺にとってははそれが好都合だったわけか、何せ文字を読めるようになったのも最近なものでな」

 その出自から当時、学がなかったウェルジアにでも書いてある図解などによって訓練をすることが出来たということはグラノがこの本を書いた時の狙いというのが想像以上にウェルジアに対しては機能していたという事になる。
 こうした偶然か必然か分からない事が繋がり、今の自分がここまで来れた要因ではあるなとウェルジアは接点のない英雄への憧憬と感謝の念が募りゆく。

 そういえばこの本をくれた『彼女』は一体どうなったのだろうか。思い返せば理不尽な出来事の中で一つだけだが心穏やかになれる出会いが過去にあった事を苛烈な日々の中でウェルジアは忘れていた。そして、ここにきてふと思い出す。

 昔、森の中で折れた剣を拾った事といい、グラノとその少女の存在がなければここまでたどり着くことも叶わなかったかもしれない。

「ここに書かれている範囲の図解の内容だけを繰り返してきたからお前の使う型は異常に整ってたってわけか、それなら納得だ。ってかお前文字も読めなかったのによくやってこれたな」

 シュレイドもウェルジアが文字が読めなかったことを揶揄するわけでもなく、ただ感銘を受けている。

「これにすがるしか強くなる手段がなかったんだ」
「そうか、やっぱお前すげぇよ」
「……それほどでもない」

 僅かに気恥ずかしさを含んだ表情を見せるウェルジアも忌憚のない意見と素直な好意を含んだ裏表のないシュレイドの言葉は受け取りやすかった。   

 とはいえ今の自分がシュレイドのいる場所に届いていない事は確かで、その場所に追いつくためのヒントをウェルジアは欲していた。

「だが、お前の強さと俺の強さは何が違うというんだ? 本質とはなんだ」
「ええと、俺も剣を人に教えた事なんかないからさ。感覚をうまく説明できるかわかんねぇけどいいか?」
「構わん」
「まず今日はもう時間もそこまでないし、型に関しての情報部分だけ確認していこうか」
「ああ」

 シュレイドは頭で整理しながら言葉を選びつつ話し始める。

「ウェルジア、お前はテラフォール流には『天の閃てんのせん』『地の閃ちのせん』『人の閃じんのせん』ってのがあるのは知ってるのか?」
「……いや、初耳だ」
「じゃぁそこからか」
「頼む」

 これまでに知らなかった単語がウェルジアの興味を惹く。自分で思っている以上にテラフォール流というものが自分の日々と密接に存在するものであったのだということを実感する。

「端的に言うとお前が持っていたこの本って『人の閃』って範囲の一部内容しか書かれてない」

 シュレイドの一言は大きな衝撃を連れてくる。この本も決してすぐに読み切れるような厚みの本ではない。その内容が一部の内容であるという事に驚愕する。一体全てとなるとどのような知識量となるのか想像もつかない。

「『章』ってのはその中の分類だ。もしかしたらテラフォール流の本は本来はこの一冊だけじゃなかったのかもしれないし、元々からこれしかないのかもしれない。ちょっとその辺りは俺もわかんねぇんだけど」

「つまり俺は『人の閃』の一部は習得しているが他の『閃』を知らないし積み上げていないから出来ない事がある、ということだな」

 シュレイドは大きく頷いた。

「その本の後半の目次にもあるように相手の武器とか戦術に対応する『章』って括りみたいなのがあるだろ、それは全部『人の閃』の中のものだ」

「相手の使う武器により剣で対応する応用戦術の所か」

「そう、一つ一つの『章』を習得してって全部を整え終えると、『閃』の中にある型の習得だけはまずは完了できるってところかな? あとは考えなくて使えるように実戦あるのみ」

「型を使っての実践か、正しい状態を把握できるものがいないと訓練も難しいだろうな」

「その点で言えば俺も全部の『閃』の型は習得してても、『人の閃』以外は結構実践が出来てない所もあるんだ」
「お前でもか」
「ああ、『地の閃』の中にはどういう状況で使うのかさっぱりなのもあるし、『天の閃』に至っては何から何まで使いどころが不明なまま型だけ覚えさせられたなぁ」
「他の閃とやらには「章」はないのか?」
「それが全く意味の分からない別の章になるんだよ」
「別の章?」
「ああ、例えば『地の閃』で言うなら、対液の章ついえきのしょうだとか対豚人の章ついとんじんのしょうとか、あとは対緑人の章ついりょくじんのしょうとかあるんだけど」
「なんだそれは?」
「意味わかんないだろ? 小さい頃は疑問なんか持ってなかったし、言われてみれば変な名前だなとは思ったけど」
「ふむ」
「だから、とりあえず分からない所は置いといて続けるな」
「ああ」

 シュレイドは慣れない講義をするようにウェルジアの知らないテラフォール流に関しての話をするが、どうにも言葉で伝えるのは難しいようだった。
 身体で覚えてしまったシュレイドはそれを頭で説明できるように言語化するのが苦手なようだった。

「ここまで話しておいてなんだけど、実際にやってみせた方が早いかもしれないな」
「頼む」

 そう言って『地の閃』の中においての最も基本の構えを取る。ウェルジアはそれを見ながら自身で先ほどまでシュレイドが四苦八苦しながら伝えてくれた言葉と照らし合わせて分析していく。

 シュレイドの演舞のような『地の閃』の動きを見ているとこれまでテラフォール流に抱いていた印象は大きく変わっていく。

「シュレイド。もしかして、『地の閃』というのは相手の体格や体勢、もしくは相手との立ち位置が異なる場所や変則的な地形状況とかに対応する構えなのか?」
「ああ、そういえば『地の閃』は山で狩りをするときに使ってたからそうかもしれない」
「山で狩りだと?」
「ああ、飯用の動物を捕まえるのに」
「そういうことか、ならお前が俺と戦っている時に対応しづらい構えが所々あったのは……他の閃の中にある技術だったという事か」
「そういうこと。お前は俺よりも背が高いし、剣が振られてくる位置が高い上に、瞬発力が野生の動物みたいだったから『地の閃』の動きを応用した』
「や、野生動物……」

 意識はしていなかったが、誰かから見た自分というのを評される事はこれまで少なかったために言葉をどう受け止めればいいのかウェルジアは怪訝な表情をしてしまう。

「お前の剣への迎撃は『人の閃』の中にある『対剣の章』を中心に立ち回りを受けを組み立ててたってわけ、と言っても俺もそれ全部考えて動いてたわけじゃないんだけど」

 話を聞いてシュレイドの強さは引き出しの多さもあるのだろうとウェルジアは納得する。

「つまり戦いの中で相手との状況でそれら全ての知識と技術を無駄なく最適化して対処するのがお前の戦い方という事か」
「と言っても俺自身はさっきも言ったけどわざわざ考えて使ってるわけじゃないから、そこんとこはちゃんと教えられなくて悪い」

 シュレイドがいわゆる周りから見れば天才に類する存在だというのはこれまでの話を聞いていて確信を持った。しかし、彼の話で自分ももっと強くなれる道が拓け見えてきそうな気がしている。

「ちなみに俺との戦いでは『天の閃』というものは使っていたのか?」
「いや、『天の閃』は誰にも使った事ないんだ。それを使うような状況とかそういうの教えてもらう前にじいちゃんには会えなくなっちゃってさ」

 シュレイドにも色々な事があったのであろうことは今の表情で察せられた。

「そうか、やはりお前との距離にはまだ大きく隔たりがあるようだな」

 とはいえ遠征でこの拠点でお互いに過ごすのはあと数日しかない。まもなくこの遠征地での最後の調査任務へと東西共に別々の場所へ向かう事になる。
 その事だけがウェルジアには悔やまれる。

「しかし、そうなると遠征だけで全部覚える事は実質不可能か」
「ああ、めちゃくちゃ多いからな」
「シュレイド、では『地の閃』の中で俺に向いてそうな幾つかの『章』の技術を教えてもらいたい」

 シュレイドが時折見せた変則的な動きを思い出し、ウェルジアが学んでおくべきだろうと考えられる箇所を彼に絞り込んでもらおうと考えた。時間がない以上は目の前の男の感覚を信じるしかない。

「お前に合いそうなもの、か」
「頼む」

 ウェルジアは頭を下げる。結局学園ではマキシマムにもプーラートンにも剣を教えてもらう事を承諾されなかった。学園内に他に剣を使っている先生もいない。

「分かった。明日までに考えてみるよ」
「感謝する」

 ウェルジアは再びシュレイドに頭を下げるのであった。



 未だパーティが続くその場所から離れた場所から遠征宿舎を眺め見下ろしている人影が夕焼けに赤く染まっている。

「……聖女サマのご様子を見に来ただけだったのに、思わぬ収穫があった
わねぇ。西部にいるあの子の歌、実に興味深いわぁ」

 目を細めてその遠い場所から様子を見つめている人物。

「現代で『魔導』を扱える者はまだ居ないはず、『神話への回帰』さえ成されればそのうち現れはするでしょうけど」

 そういって手元のグラスに入った液体で唇を湿らせる。

「もしかして魔法陣の代わりに言語のみで起動術式の効果が組まれているのかしら?」

 風が吹き彼女の髪が撫でられるように踊り流れる。

「『あの子』に封印された『魔導』に匹敵する力の気配があるけど、少し質が違うような気もするし」

 彼女の背後には猛吹雪のフォゴトン雪原の一帯がある。
 その場所へ向かう為に通る道、雪原の直前に鎮座する場所。天候がガラリと変わる雪原への入り口の役割を果たしているシーラ丘陵。

 境界線となるその場所で、彼女が見つめる宿舎がある地域と背後にある地域、その景色は驚くほどに変化しており、天候が明らかに異なっている。

 高台から晴れ渡る夕暮れの中、遠方を見下ろすように遠征拠点を見つめる女性はねっとりと目を細めて微笑む。

 そしてまるで交流パーティに自分もこの場から参加でもしているかのようにグラスに入った液体を飲み干し、恍惚の表情を浮かべたまま指を鳴らしたのだった。

 すると背後の雪原で吹きすさんでいた猛吹雪がゆっくりと掻き消え、最後にはピタリと止まる。
 
 この雪原では数年に一度あるかないかというほどに雪原が晴れ渡り、この場所でも星が見え始める。

 星のまたたきは果たして遠征の最後の任務にこれから赴く彼らにとっての吉兆かそれとも凶兆であるのか。

 それを星が語り教えてくれることはない。

 ただ、澄み渡る空でキラキラとしたその姿を見せるだけ。

 宿舎にいる生徒達が盛り上がり続ける中、ゆっくりと誰も知らない何かが裏では動いていた。


 そして、そんなことが起きているなど知る由もなく、翌日からの数日間。  

 東西の多くの生徒達が最後の任務に向かう前の休息日をのんびりと過ごす。その間にもシュレイドとウェルジアの二人は初めて戦ったあの広場に向かう。

 その場所で四六時中、剣が鞘へとぶつかり鳴る音が響き続けていたのだった。


つづく



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