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EP 05 炎と氷の助奏(オブリガード)04

 ゆっくりとこちらを見定めるように、その巨体は一歩、また一歩とコニスに近づいてくる。
 コニスもこのような大型個体を見るのは初めてであったのだろう。自然と額に汗が滲んでいた。
 そして、それは一瞬だった。

 先ほどまでゆっくりと動いていたその巨体が六本の足を器用に動かしコニスに急接近する。 
 それはこれまでの緑色の存在達とは比べ物にならない速度であり、コニスの身体も硬直し、反応が遅れる。
 そしてそれを狙っていたかのようにその巨体は全身でコニスに体当たりを放ち。その巨体がぶつかる衝撃に耐えきれず、コニスのその小さな体が宙を舞う。

「コニスッッ!?」

 ソフィが激突の衝撃音に気付き振り返ると、宙に舞ったコニスの姿が視界に弧を描く。
 自然と身体が動き、駆け出していた。落下地点を即座に予測し、見事コニスをその腕で受け止めた。

「油断……しました。あんな大きいのは、はじめて、です……」

 コニスはそう言って、苦悶の表情を浮かべる。

 彼女を突き飛ばした巨体を見てソフィは言葉を失う。これまでの他の緑の個体とは異なり、目の前に現れたその存在は大きさもだが、その姿もどこか異様なものだった。
 
 他の個体は人間に近い姿をしているが、その巨大な個体は、腕が四本、足が六本とまるで昆虫のような姿をしている。

 そんな異様な個体が、ソフィ達を見つめているような気配がした。
 
 ソフィはその恐ろしさに全身が震え始めるが、人の形をしていないならまだ気持ちとしては戦いやすい。
 その手に腕に抱えたコニスと握った剣を離さず強く握り込んだ。
 
 やがて、その個体が四本ある内の一本を大きく振り上げる。
 ソフィはコニスを抱えたまま、その攻撃を横にステップするように回避する。

「こいつ……力は無茶苦茶だけど、早さはそこまでーー」

 コニスを攻撃した瞬間をみていないソフィに油断があった。いや、こんな化け物と戦った事などないのだから油断とも言えない分析の足りなさ。
 彼は最大限に警戒していた。ただ未知の存在にこれまでの経験による予想や推測がまるで役に立たなかったのだ。
 
 その巨体は避けられた腕はそのままに、他の腕を使いソフィの頭上と真下から腕を伸ばし同時に攻撃を行う。
 上と下からの同時攻撃という、人の攻撃では起こりえないその攻撃にソフィは逃げ道を失いその場で固まる。
 
 しかし、ソフィの腕に抱えられていたコニスが動く。

 両腕から剣を現出させ、その巨体の中へと滑り込むようにその腕二本をその場で切断した。
 巨大な緑の個体は数歩後ずさり、斬られた腕を確認するように覗き込む。
 痛みはないのだろうか? そんな疑問が浮かぶも今はそんなことを考えている場合ではないとソフィが頭を振る。

「ソフィ、助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ。コニス、もう平気なの!?」
「問題ありません。大丈夫です」

 機械的な返答をコニスが返すとそのまま、地を蹴って巨大な緑の個体へと接近する。
 そのままコニスは素早く、巨大な緑の個体の右半身の足三本を切断する。
 巨大な個体は、バランスを崩しその場に転倒した。
 
 その隙を逃すことなく、コニスはそのままその巨体の体を駆け上がりその頭に自身の剣を突き刺した。
 すると、その個体はしばらくもがくように動いていたがやがてその動きを止め沈黙した。

「ふぅ……」

 コニスが一つ小さく息を吐き。その腕の剣を消失させる。

「やったの……?」
「おそらく……」

 目の光の消えたその個体にゆっくりとソフィが近づいた。
 完全にこと切れているようだった。

「コニス、これは……」
「わかりません……少なくともワタシの記憶の中にはいません」

 ジャリッジャリッと何かが地面を踏みしめて近づく音がした。

「ほぉ……まさか、強化型を倒すとは……驚きましたよ」

 声のする方へ二人が振り向くと、そこには大仰に手を叩いているシュバルツがそこにいた。

「シュバルツさん!? 何故、あなたがここに!! まさか」
「アッハハハ、お久しぶりですねぇ。ソフィ団長。こんな形でお会いしたくはありませんでしたが……いえ、あの日あの解答を聞いた瞬間に決まっていた事なのかも知れませんが」
「どういう……こと……ですか?」
 
 シュバルツが指をパチンと鳴らすと、その背後から七体の緑色の個体と先ほどとはまた異なり巨人のような二足歩行の大型個体が三体現れた。

「なっ……」
「今のを見れば言葉にせずとも貴方ならお分かりでしょう……? そう、彼らは私の命令一つで動く従順な駒なのですよ」
 
 コニスの表情が歪んでいる。

「それは……なんなんですか……? みんなじゃ……ない、それはーー」
 
 彼女の言葉にニタリとした怪しげな表情を浮かべ、舌なめずりをする。そんな、おぞましい男の視線は舐めるようにコニスを見つめていた。

「みんな……? なるほど。お前もこいつらの仲間か……んっ……? お前、どこかで? いや……気のせいか」 
 
 シュバルツは独り言を呟き、コニスを見ながら怪しげな笑みを浮かべた。

「私は、マザーから生み出されその祝福を受けその後、命を終えたものたちをレムナントと名付けました。レムナントは自身の意思を持たないのでとても都合が良い。しかも、レムナントはとても面白い特性を持っています。複数の個体を掛け合わせることでより強力な個体へと生まれ変わらせることができる……アレを研究する為の実験体にはピッタリな存在なのですよ」
 
 話の内容は良く分からない物ではあるが、それが命を弄ぶ行為である事だけは伝わった。

「あなたは……命をなんだと思っているんですか!! 彼らは元はボクらと同じ人間のような存在だったんでしょう!? それをーー」
 
 シュバルツはさも不思議そうに首を傾げる。

「こいつらが人間? ハハハ、ソフィ団長はおかしなことをおっしゃる。人間であるならこんな不気味な緑色の外見などになるはずがないでしょう」
 
 確かに普通の人間ならば死んだ後にそんな事には確かにならない。しかし、今のシュバルツの物言いに対してどうしても納得しきれずにソフィに怒りが溢れていた。

「見た目の話ではありません!! 彼らだって僕らと同じように生きていた! そして人としてその存在を……命を終えたんでしょう……そんな彼らをあなたはーー」
 
 ソフィの言葉を遮るように手のひらを差し向け、制止させるとシュバルツは尚も言葉を続ける。

「そう、命を終えている。つまり、こいつらは人間で言えば既に死んでいるのですよ。で、あるならばその言わば抜け殻のような存在を私がどう使おうと自由ではありませんか?」
「あなたがしていることは死者への冒涜だ」
「けっこう。死者であろうと生者であろうと私が使えるものは使う。それが私のやり方です。それともこいつらを研究対象にしてはいけない。などという法が存在いたしますか? ありませんよねぇ? そもそも動物や、昆虫などを研究する者がそれらの死体を研究していることに対してもあなたは死者への冒涜だと言えるのですか?」
「それは……」

 彼の話は確かに正論だ。
 動物や昆虫でなら行われているような事であり、ソフィはそれについて何かを思ったことは確かにこれまでになかった。

『命の重さも知らないで』
 
 なぜかあの言葉がよぎる。ああ、そうか……そういうことか。

 自分が大切な何かに対しては誰しも重く感じる。知らない誰かなら軽くなる。大切なものの重さは人によって異なるのだ。そして、その命への興味のあるなしも。
 それに気付かされたのが目の前のシュバルツである事に嫌悪感が込み上げる。しかし、そのおかげで、このシュバルツという男とは分かり合えないのだと確信した。
 
 彼は人として何かが欠落している。
 それは、ソフィが今まで出会ってきた人間にはいなかった人種。

 今まで自分がどれほど恵まれた環境にいたのかと知る。
 確かに自身も辛い目にあっていた過去はある。
 しかし、いったいどのような辛い目に合えばこのような歪んだ考え方になってしまうのか……。

 ソフィは、目の前のシュバルツと言う男に対して激しい怒りと同時にどこか憐れみを感じてしまった。

「……なんですか……その眼は……」
「……ボクは、あなたがとても悲しい人間に思えます」
「ふん。幸せな思考の人間が考えそうなことですね」
「そうですね……あなたからすれば、ボクはとても幸せな人間なのかも知れません」

 ソフィのその返答に、今まで笑みを浮かべていたシュバルツの表情が険しくなる。

「……認めるのですね……自分が、私よりも幸福であると……」
「えっ……?」
「貴様もそうか……私を憐れみ、私を自分より下の存在だとするのだな!!!」

 大声を上げ、シュバルツはソフィを睨みつけた。

「待ってください!! ボクはーー」
「黙れ!!!」

 激昂したシュバルツが、背後に待機させていたレムナントたちに一斉に攻撃命令を下す。

「ソフィ、離れてください」

 ソフィの前にコニスが立ちふさがり、その腕から剣を現出させる。

「ほぉ……一部だけを変化させるような個体がまだいたとは実に興味深いですね。そして、意思を持ったまま言葉を話すというのも珍しい……」

 コニスのその姿を見て、シュバルツの表情に笑みが戻る。

 コニスの中でシュバルツを見た瞬間、胸がざわついていた。初めて見るはずのその姿のはずなのに、頭の奥がチリチリと痛む。
 ぼんやりと浮かんでくるのは、淡い記憶。そこにコニスは誰かといた。だが、その誰かを思い出すことができない。

 そんな無防備なコニスに向けて、通常個体のレムナントがコニスに襲い掛かった。

「コニス!! 危ない!!」
「……ごめんなさい……みんな」

 コニスは、ぽつりと呟くとその腕の剣を振るい、通常のレムナントを戦闘不能にしていく。
 
 その姿を見ていて、シュバルツもふと昔の記憶が呼び戻されていく……。コニスによく似た少女が圧倒的な力で剣を振るうその姿に既視感がある。
 そう、揺り籠の崩落によって見失ったあの個体。シュバルツの中で最も惜しまれる存在であった個体。
 目の前の個体があの個体と何か関係している可能性がある。そう考えたシュバルツはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「他の個体とは異なる成長を遂げ、限りなく正確に言語を扱う。実に興味深い。じっくりとその構造を覗き込んでみたいものです。というわけで……」
「!? コニス!!!」
「!?」

 通常の方へと注意が反れていたコニスの目の前に強化型のレムナントの内の一体の腕が目の前に迫っていた。
 コニスは一瞬焦りを滲ませるも冷静にその攻撃に対応する。振り下ろした腕に対して剣を振るう。
 
 
 しかし、その腕にはコニスの剣がまるで効いていないかのようにその勢いは収まらない。
 
 一度相手の攻撃の衝撃を受け逃がし、このままではどうにもならないと、コニスは腕の剣を巨大なものへと変化させそのまま巨大なレムナントの腕へと振り下ろした。
 しかし、その渾身のコニスの一撃ですら、巨大なレムナントの腕に弾かれた。

「そんな!?」

 コニスもその事実に思わず驚きの声をあげる。その隙を見逃さずに巨大なレムナントはコニスが攻撃を加えた腕のそのすぐ後ろから、別の伸ばした腕でコニスを殴り飛ばした

「うっ、ぐっ……」

 コニスの動揺もあってか攻撃への対応が遅れて直撃し、苦悶の表情を浮かべる。

「コニス!!」

 ソフィが急いでコニスの下へと駆け寄る。
 巨大なレムナントがその巨大な腕をコニスに向けて振り下ろした。
 
 咄嗟にコニスを庇う様に前に出て、その腕を剣で受け流す。
 相手の力を利用して、巨大な腕の攻撃の軌道をずらして事なきを得る。

 身体の軸をぶらされた巨大なレムナントはその場へと体勢を崩し、倒れこみそうになるも地面にしっかりとつけていた二本の足で踏ん張っていた。
 その僅かな時間でソフィはコニスを抱えたまま、巨大なレムナントと大きく距離をとった。

「コニス……大丈夫?」
「はい……今回はまともに受けたので、まだ動けませんが。重症ではありません」
「無理はしないで……」

 ソフィの心配そうな表情に、コニスが小さな笑みを浮かべる。
 その笑顔を見て、ソフィの表情が和らぐ。
 しかし、コニスは目の前の光景に表情を引き締めた。

「しかし、ソフィ。あれの強度はワタシの剣でもあなたの剣でも太刀打ちすることはーー」
「そうだね……まともに真正面からの力勝負だとかなわないと思う……」
「ではーー」
「そう、まともにやれば……ね」

 そう言ってソフィは少しだけ笑った。先ほどの攻撃を見て彼にはある考えが浮かんでいた。
 それは、自分よりも遥かに大きな人間と何度も何度も繰り返し打ち合いをしてきたソフィだからこその作戦だった。
 とはいえ、これだけのサイズの差がある相手は初めてで通用する保障はない。

「ソフィ……?」
「……コニス、ボクが戦っている間に休息を」
「……わかりました」
 
 ソフィは一度、コニスに笑いかけるとそのまま走り出した。
 
 巨大な二足歩行のレムナントは、急に動き出したソフィに意識を奪われ残りの大きな三体が一斉に動き出す。
 それぞれが拳を振り上げソフィを攻撃しようとするが、その小柄な体躯を生かして巨大なレムナントの間をすり抜け二体の間に陣取る。
 
 攻撃が来た瞬間にそこから飛び出すと結果的に二体のレムナント同士が殴り合う形となった。
 ゴウゥウウウンと二体が地面へと倒れ土煙を上げる。視界が悪くなった状況の隙をつき、残りの一体へと急接近しそのまま懐へと飛び込む。
 ソフィは、巨大なレムナントが巨大な腕を振り上げたと同時にそのままその左側の足を斬りつける。
 
 しかし、足も腕と同じくソフィの剣では足を傷つけることは出来ない。
 足元で攻撃をしにくそうなレムナントの死角を狙うように地を転がりながら、ひたすらにその剣を振り続けた。

「ウハハ!! 無駄ですよ!! その個体の体はその程度の剣では傷一つつけることなどできません!! あなたほどの方ならその程度最初の一撃で理解していると思っていましたが私の勘違いだったのでしょうか?」
「ソフィ!!」
「ふぅ……お遊びもここまでにしましょう。さぁ、レムナント共。あの少女を捕らえろ。あの娘は私の新たな研究材料にする!!」

 シュバルツのその声を聞き、倒れたレムナントたちが一斉に動こうとしたその瞬間。
 背後にいたレムナントがバランスを崩し、起き上がろうとする前の二体を巻き込んで転倒する。
 その衝撃で彼らの身体の一部が砕けてその破片が周囲へと飛び散った。

「なっ、なにをしている!! 早く立て」
「無駄ですよ」

 ソフィのその声にシュバルツが驚きの表情を浮かべる。

「その巨体の関節、可動部を見て、一度転倒してしまえば立ち上がる事が困難という可能性をもしかして見落としていましたか? 転ぶことを想定して無さすぎて、そこまでの研究が足りていなかったのではないですか?」

 そう言って、ソフィがシュバルツの喉元に剣を突き立てた。彼らを倒す必要はない。それを操っている者が目の前にいるのだから。

「ふっ、ふふ。あなたに私の命を奪う覚悟があるというのですか?」
「いいえ。あなたの命を奪うつもりはありません。ただ、あなたにボクの剣を払いのけられるほどの力がありますか……?」
「……」

 ソフィの狙い。それは目の前の巨体に勝つことではなかった。
 ソフィの力ではコニスが倒すことのできなかった巨大なレムナントを倒すことは無理だとわかっていた。
 
 だからこそ、倒すのではなく動きを止めることに集中した。
 巨大なレムナントは、見た目こそ人間離れしている姿をしているがシュバルツの話を聞く限りでは、あれもまた通常の個体のように元は人間のような存在であるということだった。
 
 と、いうより生物であるということがわかったことがソフィにとっては大きな収穫であった。
 そもそも巨大なレムナントの足そのものを切断出来るとは思っていない。何度も何度も攻撃をしかけていた理由。
 それは脚部の一番脆いところ、各部を繋いでいる接続部のような、人でいうところの腱や筋を探すためであった。

 その部位を見つけたソフィは、ひたすらに執拗にその部分を剣で攻撃し続けた。
 結果としてその狙いは当たり、動き回っていた巨大なレムナントの動きが鈍ったのだ。
 ソフィはその瞬間を待った。

 足元への攻撃をしながら位置を誘導し、シュバルツの号令によってその瞬間は訪れた。
 ソフィはその瞬間に全てをかけ、地を駆け一直線にその傷つけた巨体に向かって走り込む。渾身の力を込めてその傷つけ続けたその部位へと思いっきり振り下ろした。
 何かが切れるような鈍い音がしたと同時にそのままレムナントが二体の頭上に倒れこんだのだ。

「ふっふふ」
「……何がおかしいんですか?」
「いいえ。勝利を確信した今のあなたの姿が滑稽でしてね。目の前を見てごらんなさい」
「……!? コニス!?」

 ソフィの目の前には、何者かによって頭をわしづかみにされ宙吊りのコニスの姿が視界に入った。



つづく


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